第四章
第22話 霊峰
オリクトさんの家で心づくしのもてなしを受けた翌日、リティーナたちは自由都市ガーチェを後にした。
ウェリス国中央にそびえる霊峰レグアズデ山は、ガーチェから見て北東に位置する。麓の村までは馬車で行けるので、リティーナ一行は乗り合い馬車に乗り込んでいた。特定の場所に宿駅が設けられていて、決まった区間を運行する馬車だ。現代のバスっぽいと思う。
今走っている二頭立ての馬車はリティーナたちの貸し切りなので、他に乗客はいない。
ガタガタと揺れる馬車はあまり乗り心地がよくなさそうだが、ぼくには関係ない。リティーナが見つめる窓の外の景色を、ぼくも見るともなしに見ていた。
それにしても、物憂げなリティーナの横顔だった。自分がレグアズデに登るという意味を、彼女は重く受け止めているのだろう。王位継承の火種にはなりたくない。だが、魔王を倒すためには必要――ジレンマだ。
オリクトさんたちとの別れ際、リティーナはメリサさんの大きなお腹を触らせてもらっていた。リティーナが魔王を倒し、平和を取り戻す決意をより強く固めたのは間違いない。新たに生まれてくる命のためにも――。
ぼくが最初からすごい剣だったら、リティーナを余計に苦しませることもなかったのだろうか。考えても仕方がないんだけど、つい考えてしまう。女神様はどうしてぼくを剣にしたのだろう。なぜ、強い剣にしてくれなかったのだろう。
戦い以外で、リティーナの助けになれないことが悔しい。せめて何か気が楽になるような言葉をかけられるのならいいのにと思う。
そういうのはルルディさんの役目だよねと『目』を向ければ、彼女は眠りこけていた。これだけ揺れているのによく眠れるもんだ。
心地いい眠気を誘う電車やバスの揺れとはわけが違うんだけど、冒険者は休めるときに休むのも仕事みたいだから、こういう状況で眠れるのも才能なんだろう。見れば、アシオーさんもケントニスさんも眠っているかどうかはわからないけど目を閉じている。
やがてリティーナも眠ることにしたのか、目を閉じた。
眠っている時くらい、せめて苦悩から解放されますようにと願う。
途中、何度か駅で休憩をはさみつつ、およそ二日で馬車はレグアズデ山麓の村に到着した。近隣の魔物を支配していた司魔将はすでにカリュプス王子に倒されているためか、魔物の襲撃はなかった。
馬車から降りた一行は大きく伸びをする。
「魔物や盗賊に襲われないのはよかったんだけど、身体がなまっちゃうな」
ルルディさんは感触を確かめるようにオニクマさんを振り回す。
「エルフの姉ちゃんは顔に似合わず勇ましいな。こっちは何事もなくてほっとしてるってのに」
馬車の前と後ろを馬に乗って護衛していた男性たちが笑う。みんないかにも歴戦の傭兵といった荒々しい面構えだ。槍や斧で武装していて、どの武器も見るからに使い込まれている。もっと使われたらオニクマさんみたいに精霊が宿ったりするのだろうか。
「戦闘がなかった分、少しは安くなりませんか?」
ケントニスさんがお金の入った革袋の中身を数えながら御者に言う。しっかりしてる。オリクトさんはしみったれって言ってたけど、倹約は大事だよね。
「そりゃ無理だ。料金は護衛費込みだからな」
ケントニスさんは事前に、もし魔物や盗賊に襲われたら自分たちで戦うから護衛はいらないという交渉をしていたのだが、それは失敗に終わっていた。乗客の中には盗賊とグルになって馬車を襲う不届き者もいるらしい。そのため、馬車側では護衛はあらかじめ用意すると決めているとのことだった。その護衛費は前払いで支払い済みだ。
「ですよね……」
最初から値切り交渉はうまくいくと思っていなかったらしい。ケントニスさんは素直に既定の料金を支払った。
「毎度。よければ、帰りも乗って行くかい? 今晩はこの村に泊まるつもりだからさ」
貸し切りは通常運賃より少し割高だ。向こうにしてみれば、もう一度利用してほしいに違いない。
「いえ、いつ帰るかは未定なので、結構です。近くで依頼をこなさなければいけないので」
馬車の人たちには、冒険者として依頼を受けていると説明してあった。まさか本当のことを言うわけにもいかないからね。
「そうか。最近は客も少ないから、あんたらみたいなのはありがたいんだがな。仕方ない。それじゃまた、縁があったらよろしくな」
馬車と護衛の男たちは駅舎へと向かっていく。今夜は酒場で一杯やって英気を養うのだろう。
「あ、ねえ、あっちにあるのって、牧場じゃない? 搾りたての牛乳、飲ませてもらえないかな」
ルルディさんが遠くを指さす。確かに、牛が放牧されていた。
「この村の牧場で育てているのは乳牛ではありませんよ。グリフォンに捧げるための肉牛です」
「え、そうなの?」
「はい。村全体で、グリフォンのお世話をしているのです」
守護聖獣だからか。敬われているんだね。
「その牛のお肉って、おいしいの?」
「美味でしょうけど、我々に食べさせてはくれないでしょうね」
「ちぇ、残念」
どこまでも肉食系なルルディさんだった。
「さ、行こうぜ」
アシオーさんに促され、一行は移動を開始した。
ぼくはリティーナたちの移動に合わせて村を見渡す。
一見するとのどかな村という印象だが、奥に見えるレグアズデ山の存在感がものすごい。所々、紅葉した木々が生い茂っている。ヨーロッパの山って、岩山みたいなのが多いイメージだったけど、こっちじゃそれがそのまま当てはまるわけじゃないよね。魔素が濃い場所っていっていたから、その影響もあるのかもしれない。
遠くから見た時も大きいと思っていたけど、こうして麓まで来ると偉容に圧倒される。まだ距離があるけど、みなぎる生命の息吹――強い魔素が伝わってくるようだ。
リティーナたちはこの山を登るのか。しんどそうだ。ロープウェイなんて当然ない。頼みは自分の足のみだ。
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