不運な勇者の伝説の剣 ~思い通りにいかないのが転生なんて割り切りたくないけど~
イゼオ
第一章
第1話 思い通りにいかないのが転生なんて割り切りたくないけど
ぼくにも非があったことは認める。歩行者用の信号が青になったからって、不用心に横断歩道を渡るべきではなかった。見通しの良い交差点で信号が赤に変わっているにも関わらず、すごい勢いで走ってくる大きなバンを横目で確認もしていた。でもまさか、本当に信号無視をするとは思わなかった。
結果、バンに撥ね飛ばされたぼくの身体はぶちまけられたポップコーンのように宙に舞い、意識は空に溶けて消えた。
「はぁい、どうも、活きのいい魂さん」
次に気がついたとき、ぼくは真っ白な空間に浮かんでいた。目の前にはけだるげな美女がいて、ぼくに向かって投げやりに手を振っている。車に轢かれた後でこの状況ってもしや――
「あの、ここは? あなたは誰ですか?」
薄々わかっているけど、一応訊いてみる。
「察しがついてるんでしょ。きみにしてみれば死後の世界ってやつよ。そして私はいわゆる神って存在」
やっぱりだ。ぼくは死んでしまったらしい。三途の川を渡った記憶はないけど、あの事故で生きていたらバケモノだもの。きっと今頃、ぼくの身体はスプラッタ映画顔負けになっているはずだ。
ろくに親孝行もできずに死んでしまって、両親に申し訳なく思う。だがそれはそれ、これはこれだ。死んでしまったものは仕方ない。
「それじゃ、ぼくはこれから死者の世界に行くんですね」
住みよい場所だといいな。『リメンバー・ミー』に出てきた死者の国みたいだったら面白そうだ。
「それを希望していたのなら残念だけど、あなたにはやってほしいことがあるの。そのためにわざわざあなたの世界から引っ張ってきたんだから」
っと、少し風向きが変わったみたいだ。引っ張って来たってどういうことだろう。そして、やってほしいことって?
「幽霊探偵とかですか?」
「違うわ。あなたが今まで生きていた現代日本とは別の世界に転生してもらうのよ」
ありえない、とぼくは思わず声に出しそうになった。
自虐でも自慢でもなく、ぼくは平凡な男子高校生だ。頭も、顔も、身体も、家も、何もかも。
平均的というのは、実はすごく恵まれたことなのだという自覚はある。ただ、自覚はあっても、もっと違う人生があってもいいんじゃないかと夢想することは止められなかった。誰だってすると思う。たとえばこことは違う世界に生まれていたらどうなっていただろう、とか。
だけど、自分の人生に特別なことが起こるなんて、想像はしても実際にはあるはずがないと思っていた。
自分にできる限りの努力をして今の高校に入った。浪人させてもらうのは申し訳ないので可能であれば現役で身の丈に合った大学に入って、一流なんて高望みはしないからブラックじゃない企業に就職できたら御の字だと思っていた。それがぼくの人生設計だった。他人につまらないと言われても構わない。ぼくにとってはその道を行くのが最善のはずだったのだ。
別の世界に転生するということは、まったく別の可能性があるってことだ。違う自分でやり直せる。文字通り人生が変わる。すごい。期待で胸がはちきれそうだ。
目を輝かせるぼくを、しかし女神様はまるで道端に落ちているバナナの皮でも見るみたいな目で見つめた。
「なんでてめえらはそうなんだよ」と口調も荒くつぶやくと、どこからともなく煙草を取り出して安っぽいライターで火をつける。
あれ、この女神様、なんかガラが悪くないか。女神様ってもっとこう、清らかなイメージがあるけど。っていっても、ドロドロした女神様ってのも結構いるか。
「きみにやってほしいのは、勇者」「勝ち確じゃないですか!」
「が使う剣よ」
「はい?」
「勇者が使う、剣」
煙を心底まずそうに吐き出した後、女神様は出来の悪い生徒に言い聞かせるように、もう一度繰り返してくれた。
「無機物! 命ですらない!」
頂点まで上がったテンションが一気にどん底まで落ちた。なんで剣なんだ。
「あら、ピグミーマーモセットの方がよかった?」
霊長類だけど違う、そうじゃない。
「ピグミーネズミキツネザルより大きいけど、そんな小さいのに転生して何しろっていうんですか!」
「魔物の餌のち、うんこ」
「無慈悲! 生き残りたい! あと女神様がうんことか言わないで!」
「っせえなあダボがグダグダと。どうせてめえは死んでんだから、もっかい生きられるだけありがたいって思えよ。それとも何か、ミジンコにでもなってみっか? 全部嫌ならそのままあの世に行ってもらってもいいぜ」と女神様の態度が豹変した。煙草をポイ捨てし、めっちゃガンを飛ばしてくる。
うわこわ。この迫力、絶対ヤンキーあがりだ。ぼくは瞬時に態度を改めた。直立不動になる。
「――剣のお役目、謹んでお受けいたします」
せっかく転生しても、ミジンコ級まで小さくされたらたまったもんじゃない。そうなったら魔物どころか魚の餌だ。
それに、考えようによっては勇者の剣っていうのも悪くないかもしれない。勇者の冒険を一番の特等席で見物することができるんだから。
「おう、わかりゃいいんだよ。じゃあ決まりな」
ぼくはかくかくとボブルヘッド人形みたいにうなずく。怖いヒトには逆らわないのが長生きの秘訣だ。もう死んでるけど。
女神様が指を振る。と、ぼくの身体が透けていく。どうやら転生の始まりのようだ。
「あの、最後に一つ、訊いてもいいでしょうか」
「おう、答えられることならな」
「なんで、ぼくなんですか?」
女神様は無言で目を逸らした。この反応、もしかして死にたてほやほやなら誰でもよかったんじゃ――
「たまたま死んだばかりのぼくに白羽の矢が立ったとかじゃないですよね」
「厳正なる審査の結果、あなたは剣の中の人に選ばれたのですよ。胸を張りなさい」
猫をかぶりなおした女神様は、思わず恋に落ちてしまいそうなとびっきりの笑顔を浮かべた。
絶対うそだ。適当人選だったんだ。
「来世での活躍をお祈りしてるわね。あ、言語はサービスでなんとかしといたわ。がんば!」
女神様がぎゅっと拳を胸の前で握る。悔しいけど、ちょっとかわいいと思ってしまった。
身体に続き、意識も薄れていく。
いいだろう。
覚悟を決めた。こうなったら槍でも剣でもなんでもやってやる。どうせ一度は死んでいるのだ。違う世界をめいっぱい楽しんでやる気持ちで行こう。
ただ――
願わくば、どうかぼくを使う勇者がまともな人でありますように。
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