君を忘れることはないだろう

 何年経とうが俺は彼女を忘れることはない。

 ジリジリと俺を刺す日差しに少しだけ嫌な顔をして坂を上った。


「元気してるか?暑すぎてもう俺クタクタなんだけど」


 誰かに話しかけるかのように俺は彼女の墓前にひまわりを置いた。

 遺骨の入っていない墓に彼女がいるかどうかは知らないがあいつのことだきっといるだろう。


 俺は毎年墓に花を添えてボロボロのスケッチブックを開けて絵を見せる。


「どうだよこれめっちゃくちゃ最高傑作!この前さこの絵が優秀賞になってさ今度どっかで飾られるんだとさ」


 今では自分に自信を持って自分の絵を見せることが出来る。


 俺はこいつのせいで変わってしまった…といってもいい方向にだ。

 泡のように消えてしまった彼女の姿は今も昨日のことのように覚えている。


「…イチくんだったかしら?」

「あ、お久しぶりです」


 彼女の母親だ。

 命日だから来て当然か。


 軽く会釈をして俺は彼女の顔を見る。

 前会った時よりも表情は穏やかになっている…気がする。


「ありがとう来てくれてこの子も喜んでるわ」

「いえいえ俺が好きでやってるんで、旦那さんは?」

「あの人は仕事が入っちゃって後から顔を出すって」


 怖いなぁ俺最後に会ったのはあいつが死ぬ前日ファミレスで店を出る時凄い睨まれてたんだよな。


「ありがとうイチくんのおかげであの子の本当の気持ちが分かったわ」


 俺はあいつが消えたあと墓のある場所と一緒に書かれていた彼女の家の住所に手紙を送った。


 きっとレイの書いた手紙は両親にしっかりと伝わったのだろう。


「じゃあ俺はこれで」

「待ってちょうだい!…せっかくだしお茶していかない?」

「え、ああ…はい」


 帰るつもりだったのに用事ができてしまった。


 あの時冷たいことを言ってしまったせいで気まずくて上手く話せない。


「あ、あの…」

「どうしたの?」

「…ファミレスの時に冷たいこと言ってすみませんでした!」


 勢いよく頭を下げるとレイの母親は慌てて俺に顔を上げるように促す。


「良いの気にしないで、あの時貴方がはっきり言ってくれなかったからきっとあの子の顔ちゃんと見れてなかったもの…だから良いの」


 彼女の寂しそうな顔を見てレイが最後に家族とどう過ごしたかレイのあの時に送てもらったメッセージを思い出した。


「あの嫌な気持ちになったらすみません。レイは…零奈さんは貴方たちといた時つらそうな顔、してましたか」

「…ええ」

「そう、ですか」

「それが私たちが今までやってきたことの結果だから、悲しむ権利は私たちにないわ」


 肯定することも否定することも無く俺はただ1人の母親を見ていた。


「ねぇイチくん。あの子と会ったお店連れて行ってもらえるかしら」


 彼女は少しでもレイが何をしていたか知りたいのだろう。

 俺は頷いてあいつと初めて会ったカフェに向かった。


「ケーキセット2つお願いします」


 あの時と一緒でここは冷房が効いてて涼しい。

 俺は店員に注文した。


「あの子はここで何をしてたの?」

「俺に絵を描いて欲しいって言ってきたんですよ」


 そこからは堰を切ったように色んな話が溢れだしてきた。

 話していて悲しくはなるが涙は出ない時々腹がたつこともあったが、それよりもあいつ最後の笑顔を思い出して胸が暖かくなる気がした。


「あ、すみません思い出すとなんか…」

「気にしないで、あの子はイチくんといる時はそんな感じなのね」

「家だとどんな感じなんですか?」

「無口で無表情だったわ。どうしてあの時に話しかけたりとかできなかったのかしら…ちゃんと話しかけてあげれば何か違ったかもしれないのに」

「……」


 そんな重苦しい空気になっている時に2つのケーキが来た。

 今日はチーズケーキとモンブランだった。


「あ、えっと、どっちが好きですかね」

「チーズケーキを頂こうかしら」

「じゃあ俺はモンブランで」

「あの子は…零奈れいなはどんなケーキが好きだったのかしら…知らないことばかりで嫌になっちゃう」


 悲しそうな顔をして彼女の母親は言う。


 そんなこと言わないでくださいなんて軽いことは言わない、俺はただ無言で目の前のケーキを食べながら話を聞くだけだ。


「本当にバカね私たち親なのに自分の子供のこと何も知らないなんて」

「…あの」


 俺はカバンからスケッチブックを出す。

 そして1つの絵を見せた。


「これって…」

「レイ…零奈さんと競争しててその時に描いたんです。横顔ですけど」

「…ありがとう」


 彼女の母親はポケットからハンカチを取り出して目頭を押さえる。


「あいつ凄い手紙真剣に書いてましたよ、どんなこと書いてたかは知りませんけど」


 気にならないと言えば嘘になるが、詮索はしないでおこうと思う。

 彼女が言いたいことをちゃんと言えたと信じて。


『ありがとうイチくん』


 俺は聞き覚えのある声に後ろを振り向く。

 そこには誰もいなかった。

 顔は見えていなけどきっと笑っているだろうと俺は確信して笑った。

















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