君は人魚姫じゃない

赤猫

7月6日

 今日は三十度越えの暑さ。

 なぜか俺はそんな日に外に出ている。

 避難先のカフェは良い感じにひんやりしていてずっといたくなる。


「相席大丈夫ですか?」


 突然声を掛けられる。

 真っ黒のショートヘアに日焼けを知らない真っ白な肌に白いワンピースを見て思春期真っ盛りの俺には目に毒だ。


「ど、どうぞ?」


 冷静になれ。そう自分に言い聞かせて相席を承諾する。


「それ見ても良い?」

「え、あの…」


 テーブルに置いてあるスケッチブックを指さして彼女は言う。


「見ても何も面白くないですよ…?」

「見るね」


 俺の返答を無視してスケッチブックをパラパラとめくり見ている。

 またどうせ他の奴みたいに下手とか罵るんだろ。

 本当についていない罵られるために俺は彼女との相席を許可したのか。


「ねぇ」

「面白くなかっただろ下手くそだし」

「きれいだった!」

「そうだろ…こんな絵なんて…は?」


 きれいと確かに彼女は言った。

 他の連中には汚いとか言われたのに。


「お前目腐ってんの?」

「すごい失礼なんですけど?!純粋に褒めてるのに」


 口からポロっと本音が出てきてしまった。

 本来ならお礼を言えば良いのに性根の曲がった俺には無理らしい。


「ごめん」

「自信もって良いのに、イチくん?」

「違う!俺ははじめだ!」


 こいつもか、こいつもイチ呼びか?


「ごめんねイチくん」

「反省して無いだろ」

「良いじゃんイチ。ナンバーワンよ?」

「俺は良いとは思わないよ」


 一番になれないイチ。

 万年俺は佳作止まり。


「何で?」

「毎回コンクールで良くて佳作止まりで名前をいじられてさ、一番になれないイチって」

「ふーん」

「お前から聞いてきたのに興味無い感じに返すのかよ腹立つな」

「ネガティブな人の発言は無視することにしてるの」


 水を飲んで彼女は「すみませんー!」と店員を呼ぶ。


「ケーキセット2つください」

「かしこまりました」


 2つって食い意地はってんな。

 その小さな体に2つも入るのかと思いながら俺は真っ白なスケッチブックに目を落とす。


「描かないの?」

「描けないんだよ」

「何で?」

「思いつかないから」


 描きたいって気持ちはある。でも鉛筆を持つ手がピクリとも動かない。


「何でも良いから描きなよ」

「何でもって、ポンポン描ける訳無いだろ。そういうのは才能のある奴しかできないんだよ」


 自分で言ってて悲しくなるが事実である。

 俺には才能が無い。

 自分で発した言葉なのに胸が痛くて仕方がない。


「・・・イチくん君なら良いかもしれない」

「い、良いってなんだよ。近い近い?!」


 突然彼女はグイッと顔を近づけてくる。

 俺は驚いて椅子から落ちそうになった。


「びっくりしないでね・・・私、寿命3日しかないんだよね。あ、今日含めないでね」


 びっくりしないでねと言ったが、突然そんなことを言われたら、驚くか笑うかの2択しかないと思う。


 俺は後者を選んだ。

 だって普通に考えたら、寿命があと3日しかないなんてこと信じるはずがない。


「冗談はよせよ」

「冗談じゃないよ」


 笑顔だが彼女は真剣に真っ直ぐ俺を見て言った。


「本当・・・なのか?」

「言ってるじゃん本当だって」

「ちなみに病気って?嫌だったら答えなくて良い」

「人魚姫症候群」

「は?」


 俺の間抜けな顔に彼女は「やっぱりその反応するよね」と笑みを零した。


「人魚姫って最後どうなるか分かる?」

「どうなるって泡になって消えるよな」

「うん。私の病気は泡みたいに最終的に消えちゃうっていう病気なの」


 体は健康だけど寿命がある。不思議なまるでファンタジー世界に転生したのではないかというくらい非現実的すぎる。


「でね私はイチくんにお願いをしたいんだ」

「・・・内容次第」


 もう時間がない奴なんだからここで冷たく返すのはモヤモヤするから聞くことにした。


「私が死ぬ前に絵完成させてよ」

「は?それだけでいいの?」


 絵を完成させてそれは俺にとって難しいことだけど、死期が近い彼女の言葉から発せられると小さなことのように感じた。


「私がここにいたって生きていたって証を残したいの」

「それならもっと違う人に「イチくんじゃないとダメなの!」


 他のお客さんがこっちに目を向けているのも気にせず大声で言う。


「わ、分かったよ!描けば良いんだろ描けば!」

「やった」


 にぱっと彼女は笑う。

 その笑顔に一瞬ドキッとしてしまった俺の男心が憎くなる。


 ケーキセットが来てからは彼女は無言で目を輝かせてチョコケーキを頬張っている。


「あれ?食べないの?」

「これ、お前の分だろ」

「イチくんと食べたいから頼んだから遠慮しないで」


 ほらほらと俺の目の前にショートケーキと紅茶を渡してくる。


 俺は遠慮がちにフォークでケーキを1口で食べれるサイズに切って口に運ぶ。


「ん、美味い」

「でしょー?」

「食べたことあったの?」

「無いよ今日初めてここに来たもん」

「常連風に言ってたのに?」

「うん」


 こいつが本当に理解できない。


「はぁー美味しかった!」


 幸せそうな顔をして彼女は嬉しそうにお腹をさする。

 俺は「お前…」と言おうとしたところで言葉を止める。


「なぁ俺。名前聞いてないんだけど」

「言ってなかったねそういえば。別に3日間だけの関係なら知らなくても良いんじゃない?」


 意外に冷たいことを言うやつだなと思いながら話を続ける。


「お前とかって呼ぶの好きじゃないんだよ。誰呼んでるか分からなくなるだろ」

「そういうこと。私の名前はレイよろしくねイチくん」


 彼女…レイは俺に手を差し出してくる。


「何その手?」

「握手だよ。あ・く・しゅ!」


 無理やり俺の手を取ってブンブンと手を振る。


「よし!私帰るねこれ渡しておくから連絡して」


 そう言ってお金をテーブルに置いてレイは帰って行った。


 俺はまだこれから始まる3日間が、俺にとって忘れれない時間になることを。





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