赤と緑とジャンケンポン

清見こうじ

赤と緑とジャンケンポン

「どっちにする?」

「今日は……そば気分かな」


 こたつの上に置かれた赤と緑のラベルのついたインスタント麺。


「えー、私も緑がいいのに」

「だったら2つずつ買ってくればいいのに。なんでいつもひとつずつなんだよ?」

「いいじゃん? 賞味期限切れたら困るから」

「……インスタント麺の賞味期限っていつだよ」


 時々よく分からない理論を展開する。

 普段はしっかりものなのに。


 まあ、そんな不思議ちゃんな一面を知っているのは、ごく親しい人間だけ、という優越感はあるけど。


「仕方ないなぁ。俺はうどんでいいよ」

「あ、でも、おあげも食べたい! じゅわっと」

「どっちでもいいから、お前選べよ」


 赤か緑か、と真剣な顔で悩み始める彼女は、……まあ、かわいい。


 何となく食欲以外の欲求が刺激されそうになった時、ピーッと高い音が響いた。


「ほら、お湯が沸いた。早く選べ」

「うーん、ジャンケンポンで!」


 コンロの火を消すと、俺はコンロの前に立って彼女とジャンケンをする。


 勝った方が赤、と言うのは暗黙のルール。

 二人の。


 ようやく決着して、彼女はパッケージを破き、お湯を差す準備を始める。俺の分の緑も。


 コンロから熱々になったやかんを持って来た俺に向けて、カップの蓋の、半分開いた側を向けてくれる。


「赤が先ね」

「分かってるって」


 シュンシュンと音を立てるやかんを注意して傾けてお湯を注ぎ始めると、ふあっと湯気が立ち上る。

 かすかにダシの匂いが広がる。


「あのさ、今度スーパー行く時は俺も行くから、まとめ買いしてこない? 荷物持つから。なんか、いっつも同じやり取り、不毛じゃん」

「別に、荷物になるからじゃないんだけど……」


 麺が柔らかくなるまでの待ち時間、俺が背中から彼女を抱きしめながら、何気なく提案した言葉に、彼女は言葉を濁した。


「だって、2人で、例えば赤を選び続けたら、緑が残るでしょ?」

「次に食べればいいじゃん?」

「次が来なかったら?」

「?」

「用意しておいたのに、使わないまま残ったら、悲しいじゃない? せっかく買っておいたのに、もう、用がなくなったら」


 そう言えば、彼女は話さないけど、元カレに二股かけられて、突然捨てられた、って聞いたな、確か。


 だから、絶対大切にしてね、と言ってきたのは、彼女を紹介してくれた共通の友人だったよな。


 もしかして、ソイツのせい?

 沢山買ったら、別れるフラグだとか?


「あのさ、俺、赤も緑も好きだから、それなりにバランスよく食べると思うし。だから、買い置きしておいて大丈夫だよ」

「でも……」

「まあ、さすがに毎日食べたりしないかもだけど、食べたい時に在庫あった方がいいじゃん? 一緒に暮らすなら、すぐ終わるよ」

「一緒に……?」

「そうしたいな、って思うんだけど……嫌?」

「嫌……じゃない、けど」


 ポッと赤らめている彼女の頬にキスをして。


「とりあえず、食べようか? 食べたら、返事聞かせて」


 無精して四つん這いでこたつの向こう側に移動し、緑の蓋をはぐと、ふわふわしたかき揚げが揺れた。


 ちょっと、のびちゃったかもしれない。

 彼女の赤は、ちょうどいい頃合いだろう。


 少し柔らか過ぎたそばは、これはこれでうまいからいいけど。


 俺がそばと汁を啜る音だけが、こたつの上に響く。

 彼女も黙り込んで蓋をはいで、あれほど食べたがっていた油揚げを、無造作に咥えて。


「熱っ!」

「大丈夫?!」

「うん、うっかり一気に口に入れちゃった」


 俺は冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、彼女の前に置く。キャップをひねって、彼女は直飲みして。


「ありがと。……赤と緑もだけど、今度、食器買いに行こうよ。あと、お椀とかも」

「へ?」

「ここんち、グラスも茶碗もお椀もないんだもん。箸も割り箸だし。揃えようよ。……私の分も、一緒に」

「あ、うん」

「揃えても、大丈夫だよね? いらなくならないよね?」


 気を付けてうどんを少しずつ啜りながら、彼女は訊いた。うつむいていて表情が見えない。けど。


「いらなくならない。古くなって買い直すことはあるかも知れないけど」


 そう答えると、俺もうつむいて、ふわふわのかき揚げごと、そばを一気に啜る。

 

 チラッと顔を上げると、彼女と目が合った。

 二人で、申し合わせたように、笑顔を浮かべる。



 次の休日は、彼女と買い物に行こう。


 箸と、茶碗とお椀、グラスに……「赤いきつね」と「緑のたぬき」、箱買いしよう。


「ねえ、ジャンケンのルール、どうする?」

「ジャンケン必要なくなるんじゃ……ま、いいや。お前が勝ったら赤で、俺が勝ったら緑を食べる、とか?」

「同じのを食べるのもいいね。そうしよ」


 二人のルールが、ひとつ増えた。

 これからも、増えるのかな?

 



 二人の、二人だけの、約束事が、ずっと、これからも。

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赤と緑とジャンケンポン 清見こうじ @nikoutako

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