Dear lover…

Sato kisA

第1話

 列車の窓際に座り、遠行く故郷を横目に涙は流れず。けれども、潔い思いで私は揺られていた。


 数日前、私は内定を貰って、飛び跳ねて喜んだ。しかし、今私の故郷は……大きな地震とそれに付与された津波が襲っている。

地は唸り、水は轟々と鳴らしならがら全てを消していく。住宅地から少し離れたこの高台も12メートルしかないけれど、近くの人は皆ここを目指す。

 はるか視線の先で間に合わずのまれ、家族だろうか掴まれない手を悔しさで震わせながら、また1歩また1歩と水に近づいていくのを街の男たちが必死に取り押さえる。

 私の家族はここにいる、心配してない。なのに身体の震えは止まらない。理由は分かりきっていた。父のことだ。地域の消防団に参加しているほど正義感の強い、勇敢な人。そんな父でさえ、震えている。顔は見えない、けれどこの光景を忘れない。

 私は『あれが本震と疑いたくない、でもまだ揺れている。』と考えながら、母と2人で傍らの妹や弟に優しく、ただ優しく声を掛け続けている。


 揺れが収まり、町の集会所で消防団が点呼をとった。多くの人が酷く混乱し、発狂している。それも仕方がない、愛する家族が戻らないのだから。

 仕切りなく予備発電に繋がれた黒電話が鳴り、受け答えをする消防団の青年が一人二人と青ざめて交代していく。その度に混乱は酷くなっていく。

 それが続き、どれほどが経っただろう。辺りは暗くなってきた。

 日頃電気に照らされていて分からなかったけれど、チラチラと火音を立て焚き火が映えるだけ。私たちはいつもこんなにも救われていたなんて……

 突然、ピーという不完全な音がなり「あーあー……聞こえますか……」と、か細くも芯のある青年の声がした。



 僕の声が聞こえてますか。消防団の皆様並びにこのような事態でありながらボランティアに応じてくれた方々に感謝を。ここに住む市民の皆様が思うように、僕もまた家族の安否が心配です。僕の家族はここではありませんが、同じく港町です。僕が特にできることはありません。勇敢でも、力持ちでも、優しく声を掛けるのも、僕にはできません。でもなにかの役に立ちたいと、こうしてスピーカーを借りて話しています。

 僕は高校まで片田舎の港町で過ごして、上京して大きな夢に立ち向かいました。それはプロの音楽家になること。当然親には反感を買われ、僕は家出同然に上京しました。そうして数年が経ち、ようやくテレビや雑誌に出られるようになった。数日前のことです、突然事務所にFAXで連絡が来ました。

 それは母の筆跡で書かれた、「父が亡くなった」と訃報の連絡でした。僕は両親に1度も連絡しておらず、事務所にいる事も、売れてきた事も、伝えていませんでした。なのに……手紙は届きました。

 ここでようやく気付かされました、母の優しさと母の思いに。

 その手紙には今日の日時と葬式の場所が書いてあって。でも葬式が一段落する前に、僕はここへ来ました。母には葬式が始まる前に会いましたが、何を話していいのか分からず、親戚から逃げるように。

 きっと母なら、いつも僕がここに来ていたことも知っているので追いかけてきたかもしれないのに。

 この大きな地震が起きると分かっていたら、ここには来なかったのに。

 長くなってしまいました。精悦ながら、僕の歌を聞いて少しでも安心を与えられたらと思います。

 まずは温かいご飯でも食べませんか?

 消防団の皆様、お願いします!



「どうぞ、温かいですからお気をつけて。」

 未だに震える手でそれを配ってくれたのは先程青ざめていた青年。無理をした笑顔で、囁くように何かをくれた。

 暗くてパッケージは見えなかったけど、何度も見た事のあるものだった。それは集会室の中にいた人達にも、外にいた私たちにも、消防団の皆さんにも渡されていた。



 僕の歌っている曲はこの場に合わないかもしれないので、カバー曲というか歌詞を変えて歌わせてください。

 えと、皆様に届けられるか分からなかったですが、赤のきつねというインスタントラーメンです。母は赤のきつねが好きで仲直りのつもりに買ったのですが、数がいまいち足りてるかどうか。なので、高台の至る所からかき集めて、一人一人に配ることが出来ました。

 あとは、晴れてくれたらいいんだけどな……

 とりあえず、1曲目!聞いてください!

 ayato.で「心の瞳」!



 その声は暗い中でも、どこから聞こえるのか分かるほどに鮮明だった。心の瞳は飛行機事故で亡くなった坂本九さんの曲の1つで、誰かを愛することの難しさや嬉しさが込められているらしい。聞いている中には涙して抱き合う夫婦もいた。そんな中、私はある事を思い出していた。ayato.が、先週のの金曜日に某音楽番組を突如として降板した歌手の名前だったことを。なにかの不祥事で歌手が出れなくなることは度々だし、今回もそれなのかなと思っていた。でも本当は帰省の準備で降板していた。

 今見えているこの歌手は、一体どんな思いで歌っているのだろう。

 ふと、走っていく消防団の青年を目の端で捉えた。青年は大粒の涙を零しながら、A4の紙となにかを持って、しわくちゃにしながら走っていく。

 簡易的なステージの横まで来ると、ayato.に声を掛ける。



 え?そうかそうなのか……ありがとう。

 僕の母は無事だったみたい。

 あと、このスピーカーじゃなくてマイク使ってくれても構わないって。

 じゃあ、2曲目!

 今度はマイクで!

 ayato.で「Dear lover…」!



 知らない曲名だった。

 でも、すぐに分かった。

 多分ほかの人も気付いたと思う。

 これは、この曲は、家族に宛てた曲なのだと。

 曲のサビに入る前、突然空が明るくなった。

 雲が晴れたのだ、電気がない今。

 それは1面の星空を見せた。



 ~~

 愛してるなんて 言えないけれど

 言葉じゃ 表せないくらい

 思ってるんだよ

 相変わらずね 言えないけれど

 いつかきっと 伝えるから

 大好きなんだよ

 ~~


星空の下で彼の歌は境なく広がっていき、3曲目4曲目と彼は歌い続けた。

 1時間近く経っていた頃、マイクのバッテリーが切れてお開きになった。

 6曲目で彼が歌った曲「lie」は代名詞になっているもので、子供たちは安心したように眠りにつき、年老いた男女や大の大人ですら泣いていた。

 ライブが終わり、私はayato.に会おうと探した。翌日も彼は同じ時間にライブをした、そして同じようにマイクのバッテリーが切れておしまいになった。

 翌々日も枯葉同じようにステージに立った。終わる度、私は彼を探した。


 4日目、徐々に引いていた水が完全になくなって、男たちは坂の下の瓦礫を動かし始めた。そこで私たちは驚くべきことが知った。

 瓦礫を動かしていた消防団の1人が、仲間の青年を呼んだ。呼ばれた青年は高台の上へ戻り、ブルーシートを持っていく。

 近くで手伝っていた私は何事かと思ったけれど、すぐに悟った。遺体の移動だと。

 奇しくも顔が鮮明で、その人が誰かも分かる人がいた。






 鮫島 綾斗、23歳。職業、音楽家。





 あの時、涙ぐみながら走っていた青年もまた同じように遺体で見つかった。彼らは瓦礫に囲まれるようにして見つかり、消防団の青年が絢斗の手を取りながら亡くなっていたことから、その時の状況も理解出来た。

 その夜、彼らの遺体はブルーシートに個々に包まれ、仮の献花台が設置された。すぐに多くの野花や花が手向けられ、皆全員で黙祷を捧げた。

 あの時。実際に、他の集会所から綾斗の母の無事と綾斗本人の行方不明届の連絡が来たそう。そして、私の父がその電話を受け取り、近くにいた消防団の青年と共にA4の紙にメモを取り、彼へ手渡した。

彼が母が無事と聞いたのは本当で、彼が生きていたことその事が嘘だったのだ。




 1ヶ月近く経った。

 瓦礫はもう無くなったが、建物という遮蔽を失ったことで海が水平線まで見えた。

 あの集会所に居た家族のうち、死者や行方不明者は10人に満たなかった。彼ら2人を含めてである。

 父から聞いた話だと、あの時誰一人として彼らが生きていないと思わなかったという。あの赤のきつねは偶然にもドアの空いた自動車の中に3ケースあって、集会所に居た全員に受け渡したらしい。後日確認したところ、その自動車の持ち主は綾斗本人だった。

 集会所にはまだ数人の人がいるけれど、皆遠くの親戚を頼ったりして居なくなっていった。


 彼らに黙祷を捧げたあの日、皆である歌を歌った。

「Dear lover…」

 歌詞をメモしていた人がいたから。

 ただ、リズムが分からずただただ読んだだけだったけれど。

 臨時ダイアの列車に揺られながら、離れていく故郷を見つめて。目の前で大切な人の手を取れなかったあの人の光景が、幽霊か生霊かただ安心させるように歌った青年の光景が、消えない記憶になるように。

 私の口は自然と、その歌を紡いだ。



 ~~

 愛してるなんて 言えないけど

 言葉じゃ 表せないくらい

 思ってるんだよ

 まだ早い まだ早い

 言葉を持たぬ紙飛行機

 愛してるの一声

 風に乗せて

 ~~

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