第11話〝魔女〟の決意

 小さい頃は何のことかわからなかった。


 時折見る不思議な夢。

 夢とは思えないほど鮮明で、よく大泣きしたことを覚えている。


 夢の中で、何度も何度も女が殺された

 酷くやせ細った体、ボロボロの布一枚纏い、世界に絶望した虚無の瞳で、ふらふらと絞首台へ上がる少女。

 多くの人間に囲まれた中心。鎖で拘束され、地に膝をつき、悲痛の叫び声を上げ、首を斬られるのを待つ少女。

 縄で足を縛り、水中で逆さ吊りにされる少女。

 十字架に縛られ、火あぶりにされる少女。

 罵詈雑言の嵐の中、槍で、短剣で、ナイフで、果ては小さな針で、国民全員一刺しずつ、体を蝕まれていく少女。


 残酷で、残虐で、醜悪で、悪辣で、凄惨な光景。

 彼女らが命を落とす度、彼らは歓喜の雄叫びを上げ、笑い合う。


 何度も吐き気がした。

 彼らの醜さ、あまりにも気持ちの悪い光景に嫌気が差す。

 夢のようでいて、夢じゃない現実感。


 この夢の正体がわかったのは、私は洗礼を受けた時だった。


 十歳になる子供は、誰もが平等に女神の恩恵である〝職業〟を賜る。

 これは世界中、人の住まう国では当たり前のことだ。

 女神のお膝元とも言われる聖王国では、神聖な儀式として扱われているほど。


 双子の姉妹として、聖王国で最も高貴な身分に生まれた私たちは、甚く待されていた。

 優秀だ、次代の〝聖女〟候補だ、と持て囃され満更でもない姉。

 夢のせいもあって、言い知れぬ恐怖を感じていた私。


 ついに洗礼の刻。


 姉は〝聖女〟を。

 私は〝魔女〟を。


 そして――私は全てを理解した。


 これは、〝魔女〟という職業を与えられた彼女らの怨嗟の記憶。

 憎しみの連鎖は断ち切れることなく、今代で私の下へと繋がれた。


〝魔女〟とは、三女神教にとって異端であり、国の滅亡を招く者として恐れられ、あまりの恐怖故に人間は〝魔女〟を弾圧の対象として認識した。


〝聖女〟は、聖王国を統べる聖王と同等の権限を持つ。

 姉は恩恵を受けた途端、私を異端者とし、控えていた聖騎士たちに捕縛を命じた。


 私が〝魔女〟というだけで、今まで慕ってくれていた騎士や民が、嫌悪の視線を向ける。

 何故私がそんな目を向けられなければならない……?

 何故私が投獄されなければならない……?

 何故何故何故何故…………――――。


 集団心理とは残酷なものだ。

 誰かがやっているから、許されることだと人に思わせてしまう。

 なら――〝聖女〟の姉が〝魔女〟の私を虐げているから。

 そんな理由で、民が私に石を投げることが許されてしまう。

 まだ洗礼も受けていない幼子も、子を養う親も、老い先短い老人たちも、誰もが私を虐げる。

 衣服を剥かれ、無様に這いつくばり、民に害される私を見て、姉は高笑いを上げる。


 民が綺麗と溜息を吐く姉の姿。

 虐げられる妹を見て笑う姉の、どこが綺麗なものか。

 私には、ひどく醜い何かにしか見えない。もう、私の中で彼女らは人ではなかった。


 しかし、そんな中でも異を唱える者はいた。


 三人の大司教の一人。聖王と血を分けた弟で、私たち姉妹の叔父。

 彼は迫害される私を見て心を痛め涙を流し、獄中で鎖に繋がれる私の前で深く頭を下げた。


『こんなことは間違っている! こんな小さな女子にこのような仕打ち……女神様は我らに平等に恩恵を与えてくださっている。そこに貴賤はないのだ! なのに……なのにどうしてっ! 彼らの心は醜く腐り果てている! だが……私に彼らを変える力はない。それが、堪らなく悔しい……っ。今私にできることは、君の枷を外し自由にしてやれることだけ。世界を見てきなさい。この小さな箱庭は、君には狭すぎる』


 そうして、私を脱獄させ国外へと出してくれた叔父。

 後から人伝で聞いたことだが、叔父は私を逃がしたことで反逆者とされ、聖女派の者に殺害されたそうだ。

 あの国で唯一、人として生きていた叔父が、私のせいで……。

 いや、悪いのは全てあの国の怪物たちだ。


 あの国があっては、私の後に生まれる〝魔女〟が幸せになれない。


 ならば――私の手で滅ぼしてしまおう。


 膨れ上がった憎しみは、私にそう決意させた。



 そして力を付けるため、外の世界で冒険者をしていた時――彼と出会った。

 私より一つ年下の男の子。私と同じくらいの体に、私と同等……いや、それ以上のしがらみを抱えていた。


 ――〝無職〟。


 誰もが持つものを、与えられなかった少年。

 笑われ、見下され、貶されても、彼の目は真っ直ぐ前を向いていた。

 何故だか、彼の瞳が眩しく見えた。

 彼のことが気になり、彼から目が離せなくなった。

 いろいろと無理を言って、彼の隣に立つことができた。

 だが……彼の光に、私の闇は相応しくないだろう。


 そう思うと、心が揺らぐ。

 私は間違っているのかもしれない。


 それでも、私はもう止まれない。

 だってそれが――私の生きる意味だから。





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