ばあちゃんのうどん

@himeniko

第1話 ばあちゃんのうどん

 私が小さい時、実家は土木作業員の飯場を営んでいた。昼食、夕食は15人前くらいを作る。購入量が多いから調味料や食材は卸問屋へ注文し配達してもらう。醤油は一升瓶でケース買い、砂糖は1キロが10袋分、紙の袋にはいっているものが玄関にどさっと置かれる。こんな調子だから、子供用のおやつも、土曜の午後、学校から帰って食べるインスタント食品も全てケースで購入する。こんな調子なので同じお菓子、同じラーメンを食べ続けることになる。

 食材購入は祖母が担当していた。祖母がいつも購入するのは「赤いきつね」だ。祖母に「次はラーメン買ってよ」と頼むと、問屋が今はこれしか在庫がないと言ったらしい。次はラーメンにしてと祖母に念を押して食べた。しばらくして「赤いきつね」がなくなった後、次に玄関に置かれていたのも同じ商品だった。「約束と違う」と文句を言うとやはり、在庫がなかったと祖母は同じ言い訳をする。どうやら祖母は変える気がないんじゃないかと感じた私は「うどんでも、他の商品もあるでしょ。別のにしてや」と頼んでみると「これがうまいから。これでいい」と言う。ああ、やっぱりそうだったんだ、と妙に納得した。その頃、中学生になっていた私はお小遣いで、好きなお菓子やインスタントラーメンを買えるようになっていたから、祖母に頼む必要もなくなっていた。

 数年たち祖母は病気で寝たきりになった。徐々に食欲がなくなり、食べられないから、毎日往診に来てもらい点滴をしている。母は、祖母が食べられそうなものを調理しても、首を振るだけだ。「もしかしたら、あれなら食べられるかも」ふと子供の頃を思い出して、スーパーに行く。大きな袋いっぱいの「赤いきつね」を祖母に見せる。お湯を沸かして、祖母のところに持っていき、蓋を開けて湯を注いだ。湯気から立ち上がる出汁の良い匂い。5分たち蓋をめくって「ばあちゃんできたよ。食べようよ」と麺を箸ですくって祖母の口に持っていく。麺を一口啜った祖母はゆっくり噛んだ。「あー美味しかった。やっぱりこっちの方がうまい」一口だけで、それ以上は食べられなかった。やっぱり、他のを買わなかったのはわざとだったんだと確信した一言だった。このことを私の子供たちに話して以降、赤いパッケージのうどんは「ばあちゃんのうどん」と我が家では呼んでいる。

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