第98話 殺せなくなった暗殺者
カーティス視点になります。
珍しくシリアスです。
俺に名前は無かった。気がついたら独りで、気がついたら暗殺者だった。
人を殺すのも、物を壊すのも同じ。生きたいなら、殺さなきゃいけない。人が物を食べなきゃ生きられないのと同じだ。そして、いつか誰かに殺される。それが俺なんだと思っていた。
予定外だったのは、俺が強すぎて誰も俺を殺せなかったこと。いつしか俺は1番と呼ばれるようになった。単純に1番強いからだ。
変わらない毎日の中、変わった任務が来た。ギルドマスターが言った。
「1番、3番達と共同依頼だ」
3番達は双子で、5歳ぐらいまで普通に暮らしてから親に売られて暗殺者になった。暗殺者なのに人間らしい変わった奴らだ。依頼は諜報員として潜入し、情報を流すこと。
さすがに名前がないと怪しまれるので仮の設定と名前をつけた。
俺はカーティス=ブランになった。
「1番は浮世離れしてるから、男爵の世間知らずなボンボンで通せばいけるかしら」
女っぽい3番はアデイルになり、男っぽい3番はヒューになった。
そして数年。依頼主はよほどの金持ちなのか、俺達を雇い続けた。
アデイルとヒューは上手く溶け込み、俺はバカを演じて適当にやり過ごした。
そんな日々の中で、面白いものをみつけた。獣人に抱かれて幸せそうに笑う少女。大人のようで子供で、ひどくアンバランスで面白い。
甘い匂いがする少女に、甘い食べ物を気まぐれでねだった。うまかった。少女は甘い食べ物の対価に獣人と組んで欲しいと言った。別に断る理由もないから、了承した。
少女はまた甘い匂いをさせていた。ちょうど空腹で腹が鳴った。
「あげる。こないだあんた、おいしそうにたべてたからまた作ったのよ」
初めて貰ったのと同じ菓子だった。うまかった。何度も菓子を貰い、何度も情報を渡し、また頼まれた。いい加減名前は覚えた。ロザリンドとディルク。
「ディルクは愛されてるよね」
「まあね!」
「…そう、かな?」
このやり取りも何度も何度も繰り返した。ロザリンドとディルクは俺の日常になった。
ある日、ロザリンドは俺にいつもと毛色の違う頼みをした。貴族のウルファネアの内通者を一網打尽にする…同業者を売るような行為だが、どうでもいいから了承した。後でアデイルとヒューに酷く叱られたが、俺はなんで了承したのか自分でも分からなかった。
ロザリンドはそれから騎士団に派遣で来て、俺達と仕事をした。ロザリンドが帰ると、自然と彼女の話になった。あのオルドとかいう暗殺者を懐柔したのも頷ける。ロザリンドは面白い。
暗殺者は執着を作らない。そんな俺達に面白いと興味を持たせる彼女は、やはり変な奴だった。
ロザリンドが俺の周囲を嗅ぎ回っている。注意しろとアデイルとヒューに言われた。何故か、頭を殴られたような気分になった。自分でもよくわからなかった。
それから数日、資料室にロザリンドが入ったのを見かけて俺も入った。薄暗い部屋が明るくなる。 俺は彼女に何をしてるのと聞いた。彼女は、書類整理と答えた。俺は彼女が見ていた資料を覗き込み…騎士ごっこが終わったことを知った。
彼女は資料を片付け、資料室を出ようとした。俺は彼女に手刀を叩きこみ、気絶した彼女を連れ去った。
彼女を隠れ家のベッドに寝かせた。
「起きてるんでしょ?ロザリンド」
彼女は目を開けた。油断なく周囲を確認する。
「いつ気がついたの?」
「運ぶ途中かな。おかしいな、俺仕事で失敗したこと無いんだけど」
自慢でもなんでもなく、こんなミスは初めてだ。俺はいつもやるようにロザリンドの口を抑え、ナイフを振り上げて振り下ろす。単純な作業だ。でも、ナイフはロザリンドに届かない。
「…なんで?」
おかしい。こんなの初めてだ。何故できない。俺は壊れたのか?
「…なんで抵抗しないの!?なんで俺はロザリンドを殺せないの!?」
そうだ、おかしい。彼女の技量なら、俺を殺せるはずなのに。おかしい、おかしい、おかしい!
2度、3度とナイフを振り下ろすが、ロザリンドにかすりもしない。そして彼女は俺を見つめるだけで、反撃しない。
「なんで…」
ナイフはついに俺の手から落ちた。ロザリンドは俺の頬に手を伸ばした。
衝撃が頭にきた。頭突きをされたらしい。
「殺せないのも抵抗しないのも、私があんたの友達だからだ!!ばぁぁぁか!!もうあんたは暗殺者じゃない!カーティスだ!ばぁぁぁか!!」
「とも…だち?」
ともだちって何?俺はロザリンドの敵だ。
「私だってディルクだってあんたの友達なんだよ!」
「ディルク…」
ロザリンドとディルクは俺の友達?
「私を殺していつも通りディルクと居られる?」
「…でき…ない」
ディルクは嘆くだろうな。そのままディルクと居られるわけがない。よくわからないけど、そう感じたから答えた。でも俺がディルクと居るとロザリンドも居たから、同じようには過ごせない。それが不快だと思った。
「だったら!暗殺者なんかやめてしまえ!!」
「やめたら…俺はどうしたら」
俺は殺すしか能がない。やめたら何をしたらいい。やめれば…ロザリンド達といられる?だめだ。頭が回らない。
「カーティスになって、騎士のまま私達といたらいい!私達を選べ!カーティス!!」
「…カーティスに、なる?」
暗殺者をやめて、1番をやめて、カーティスを続ける?
「暗殺ギルドなんて捨てて、私達と居てよ!お願い…だから…私にあんたを殺させないで!!」
その言葉で理解した。ロザリンドは俺を殺したくない。俺はロザリンドを殺したくなかったのだ。どちらにせよ、殺せない暗殺者など使えない。
「うん」
だから、暗殺者はやめる。ロザリンド達といる。カーティスになる。決めたらなんかすっきりした。
意外にも、ロザリンドは最初から俺が暗殺者だと知っていたらしい。
「…ロザリンドならもっと早く俺を捕まえられたよね?」
「うん。計算外だよ。仲良くなりすぎて切れなくなるとかさ」
ぽたぽたとロザリンドの涙が伝う。びっくりした。涙を拭うのは初めてだ。ロザリンドは顔をしかめた。
「俺も計算外だよ。殺せないの、はじめて」
本当だよ。初めてだ。殺したくないと思ったのは。
アデイルとヒューはアッサリとロザリンド達に負けた。どうでもいいけど、ディルクの気配感じなかった。俺、暗殺者失格かなぁ。やめるからいいか。
ロザリンドはアデイルをいじりだした。うわー楽しそう。
散々いじり倒してから彼女は言った。
「頑張って貴方達の状況をどうにかしますから、私に従っていただけませんか?カーティスだって、出来るなら2人と居たいでしょ」
「うん。アデイル、ヒュー、ダメかな?俺、2人を兄ちゃんみたく思ってる。できたら死なないで欲しい」
嘘じゃない。アデイルとヒューも俺の日常だから、殺したくない。俺の世話してくれてたから、多分兄ちゃんてアデイルとヒューみたいな感じだよな?多分。
アデイルとヒューも頷いた。一緒に居られるらしい。そしてこれから徹夜で仕事宣言をされた。仕方ない。そんな話しのあとで、ディルクがヒューの縄を解いた。
「…いいのか?」
戸惑うヒュー。
「ロザリンドが信じたからね。俺もカーティスやアデイルやヒューを友達だと思ってるから…君達が死ななくて嬉しい」
「…俺は、俺達はお前らを裏切ってた敵だぞ?」
「…知ってたよ。ロザリンドから聞いていた。それでも、過ごした時間は嘘じゃないから。カーティスやアデイルやヒューが俺に嫌がらせする奴から庇ってくれたり、してくれたことは消えない」
「いつか騙されて酷いめにあうぞ」
「でも俺は、疑うより信じたいかな。騙されても、酷いめにあっても、自分で決めたなら後悔しないよ」
俺、ディルクも殺したくないな。間違ってロザリンドを殺さなくてよかった。
それから俺は色々あってアルフィージの近衛になった。アルフィージもかなり面白いと思う。
言ったらロザリンドがスゴイ顔したけど、アルフィージってロザリンドと似た方向に面白い。
好きなものに素直で、大事なものに弱いとこが、よく似てるんだ。だから俺、アルフィージとも上手くやれると思うんだ。
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