第4話エンカウントとコミュ障
一通りの買い物が終わると、ゆっくり店を回っていくわけでもなくさっさと家に帰ろうと促してきた。
女子ならもっと買い物とか好きそうなイメージがあるが、まあ一概には言えないし胡桃沢はそういうの興味なさそうだ。
俺も特にすることはないので、仲良く家に帰ることにした。
「これで準備万端ね」
「まじで泊まるんだな。もし親にばれて怒られたら嫌だぞ」
「その時は一緒に怒られてあげるから」
「お前だけ怒られろ」
一人暮らししているとはいえ、誰もこないわけではない。
俺だって友人くらいはいるし、妹がたまに家に来るときもあるから鉢合わせたりしたら大変だな。
そこのところ、注意しとかないと。
「なあもし、俺の家族とかに会ったとしても変なこと言うなよ」
「変なことって? 同居のこと?」
「そうだよ。男女が一つ屋根の下で暮らしているとかばれたら、殺されるからな」
「別にいいでしょ? あなたの親だって男女だけど一緒に暮らしているじゃない」
「屁理屈言うな。でもまあ、親には最悪ばれてもいいんだ。問題は妹の方で」
「へえ妹いたのね」
家族の中で一番やばいのは妹だ。
俺のことを好いていてくれるのはありがたいが、度が過ぎるというかなんというか。
「いるよ。もしいたら見つかる前に俺から離れてね」
「分かったわ」
こいつに常識があるのか甚だ疑問ではある。
しかし、他人の行動を制限できるような力を、俺は持ち合わせていないから信じるしかない。
「信じるからな? 絶対に見つかるな――ん?」
話しながら歩いていたため気づかなかったが、家の前に女の子がいた。
しきりにインターホンを押して、あれれー? とかおかしいなー? とか言ってる。
「んーこの時間にいつもいるんだけどなー。おかしい……あれ」
俺の存在に気付いたのか、インターホンを鳴らすのをやめないまま振り向いた。
その女の子は俺がよく知っている人で、黒髪ツインテールの可愛い女の子――妹だった。
「お兄ちゃん今帰りだったのー? 何で?」
「いや買い物言ってて……」
「ふーん……ってこれ女性用の下着じゃん」
妹は俺が持っていた紙袋を覗き込むと、下から俺を見つめてくる。
あーやばい。すっかり忘れていた。
サプライズで胡桃沢にプレゼントしようとして買っていたのを、見つかってしまった。
胡桃沢はなんでそんなの買ってんだっていう嫌悪の目で俺を見てくる。
二人の女子に見つめられて、震えあがって声が出ない俺。
何も言えなくなっている俺に対して、畳みかけるように妹は口を開いた。
「あーもしかしてこれー、私のために買ったのかなー?」
「えーと……そうだよ」
買うわけないじゃん、と思いながらも、妹に話を合わせる。
胡桃沢に関しては自分の体を抱いて、少し俺から距離を取り始めた。
「そうなんだー! お兄ちゃんも変態だなー」
「まあいいじゃないか、変態でも」
「まあねー、ていうかそのメス誰?」
「は?」
唐突にぶっこんできた妹に唖然としてしまう。
さっきから見えていないような様子で、俺と話しているから大丈夫そうだと思った矢先にとんでもない発言をする。
「ねえ誰ー?」
「いや……友達だよ」
「は? 誰の?」
「お、俺の」
「誰の許可取ってメスと友達になってんの?」
あーそっちの意味かー。じゃなくて本気でやばい状況になっているな。
「メスって私のことかしら?」
「……そ、そうだだだけどー? な、なななにか問題でも?」
目を合わせようとしないどころか、すっごい泳いでいる。
話す言葉もどもってしまっていて、俺と話す時とは全然違う印象だ。
「ごめんなあ、こいつコミュ障なんだよ」
「あらだからそんなに震えているのね?」
先ほどの妹のセリフに切れている様子の胡桃沢は、コミュ障と聞くや否や煽り始めた。
「どうしたの? さっきまでの雰囲気とはだいぶ違うようだけど?」
「……」
胡桃沢は妹の頬を片手で挟み込むと、自分の顔を近づけて強制的に目を合わせさせた。
「無視しないでよ」
「あ、あーさっきから視界にいないから、か、帰っちゃったと思っていたわー……」
やはり生意気なやつは分からせられるのが定めなのか。
妹は反論するにはするが、恐怖を感じさせるような勢いはなく、逆に怖がっているように見えた。
「あなたお名前は?」
「ま、ままままりんです……」
「そう、まりんちゃんっていうの。いい名前ね」
「おい、その辺にしといてやれよ」
俺の言葉に素直に従って妹のまりんを手放す。
その時の顔は今日一の素晴らしい笑顔だった。
離されたまりんは屈辱を味わってとてつもない表情になっていた。
鋭い目つきで胡桃沢を睨みつけているが、胡桃沢は対して気にしていないようだった。
「お、お前お兄ちゃんの何なのよ!」
「さっきあなたのお兄ちゃんから説明があった……」
と言いかけたところで、何かいいことを思いついたとばかりに口角が上がっていく。
嫌な予感がしたが、俺が止める暇もなく言葉を続けるのだった。
「――月十万円であなたのお兄ちゃんを買っているのよ」
「なっ!!」
そんなの知らないと俺と胡桃沢を交互に見てくるまりん。
やってしまったと、後でいろいろ言われるのは俺なのに……。
俺が頭を抱えているなか、まりんは手をぐっと握りしめて俯いている。
「うぬぬ……!」
お兄ちゃんを取られて悔しかったのらしく、まるで赤子が泣く前の溜めのような雰囲気が漂ってくる。
慕われていることは嬉しいなと思って声を掛けようとしたら、
「――やっすーーーーい!!!!!!!!!!」
……いやそっちかよ。
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