月10万円で同級生女子と同居することになりました
樹
第1話同居するか、しないか
「ねえ、あなた今日家に泊めてくれない?」
放課後、いままで顔を突っ伏して寝ていた同級生は顔を上げると、
たまたま目があった俺にそう言った。
日が落ちて窓から入る夕暮れの光を浴び赤く染まった姿に目が奪われたのか、
それとも突然のことに困惑して驚いているのか分からないが、僕俺は黙ったまま彼女を見ていた。
少しの間、静かな時間が過ぎていく。
妖艶な印象を与える釣り目で僕を捉え、にこっと笑っている姿を見て時間が止まった感覚を味わった。
何も言わない俺に対してどう思ったのか分からないが、諦めて彼女は立ち上がった。
「それじゃあ行きましょ」
……わけではなく、ただ俺を促して家にまでついてくるつもりなだけだ。
俺は促されるままに席を立つと、彼女の横を通り抜ける。
通り抜けざまに横目でちらっと彼女の方を見ると、不思議そうに眺めていた。
真意は分からないがいきなりの提案にちょっとだけ恐怖を抱いているので、そのまま彼女を無視して帰ろうとすることにした。
が、袖が引っ張られている感覚に後ろを振り向くと、彼女は俺の服の袖を掴んで後ろを歩いてきている。
振り払えば逃げられただろうが、なんとなく振り払っている自分が嫌な人に見えてやめておいた。
振り払わなければ彼女は当たり前のようについてくるわけで、家の前までついてきてしまった。
「ここがあなたの家なのね」
まじまじと家の外観を眺めているのを、眺めている俺。
一軒家でそこまで大きくない普通の家だが、どこか変なとこでもあるのだろうか。
一人暮らしにしては大きいのかなあ、と思いつつ眺めていて気が付いた。
そういえば俺は一人暮らしだった。
そこで現実味が出てきたのか、思考停止状態だった俺の脳は再起動して言葉を発した。
「本気で泊まる気?」
「そのつもりだけど? あなた拒否しなかったじゃない」
沈黙は肯定よ、というと鍵がかかって開かないドアを引いた。
薄々気づき始めたのだが、この女は頭おかしいんじゃないんだろうか。
こんなの家に泊めていいのかと思っていたのだが、早く開けろとのことだったので、とりあえず開けることに。
「はあ、とりあえず中で話を聞くから一旦どいてくれ」
「分かったわ」
彼女をドアから離して鍵を開けて、家に招き入れる。
二階にある自分の部屋にはさすがに入らせるわけにはいかない。
自分の趣味がばれるのは避けたいしな。
というわけで、居間に彼女を通して適当に椅子に座らせてお茶を出すことにした。
「緑茶でいい?」
「いいチョイスね、緑茶好きだわ」
「……喜んでいただけてよかったよ」
別に知りたくはなかったが緑茶好きだと判明したところで、本題を切り出した。
「これどういう状況?」
「あら、今頃? なんとなく理解しているものだと思っていたわ」
「できると思う?」
「分からないわ。あなたのこと知らないし、できるかもしれないじゃない」
よく知らない人物の家に泊まろうと思ったなこの人。
危機管理能力がないようで、知らない人ながらちょっと心配です。
「だいぶ頭がおかしいようで」
「天才は皆変人なのよ、あなたもだいぶおかしいようだけどね」
「てことは俺も天才? そりゃよかった」
「よくないわ、私は嫉妬深いの。天才がいたら気持ちがだだ下がっちゃう」
「じゃあ帰れよ」
「嫌よ、私帰りたくない……それに帰ってきてほしくないだろうし」
何か深刻そうな顔で深刻な悩みを抱えてそうだが、こちとら赤の他人だ。
同情しているふりをして、帰ってもらおう。爆弾抱えてそうだし。
「そうなんだ。家出したのか大変そうだな。頑張ってくれ」
「ええ、私が歌手になりたいっていったら、お前には無理だって言われて。応援してくれるものだと思っていたわ。私がどれだけ頑張っているかも知らずに。誰にも話せなくて……だから泊めてほしいの」
俺の手を握って委縮している顔で、こちらを見てくる。
じゃあ僕にも話してくんなよ、と思ったが言い出しづらい雰囲気で言葉が詰まった。
てことは沈黙しているわけで、それを都合のいい解釈をした彼女は握っていた手にぐっと力がこもる。
「いいのね? 泊っても」
いや、嫌だけど。でもなんか断りずらい雰囲気がある。
それに女子が家に泊まるのは全然悪くない。こんな頼み方じゃなくてもっとましな頼み方だったら、素直に家に泊めていた。
「……無理だな。訳の分からないやつを泊めるような真似はできないし、それにお前を世話する金もない」
はっきりと断ったからしゅん、と落ち込むのこと思って身構えていたのだが、なぜか逆に嬉しそうに笑う。
「あら、お金の面を気にしていたのね。大丈夫よ、私お金は持っているもの、――月十万はどうかしら?」
「よし、好きなだけ泊っていってください」
その言葉でにこっと笑う。その顔はどこか安心した笑顔で、いかれた女だったが不覚にも美人という言葉が頭をよぎった。
「ありがと、それじゃあよろしくね」
「ああ、であんた名前は?」
「
「胡桃沢は覚えているんだな」
「もちろん、好きな作曲家の名前と同じだもの」
「同じじゃなかったら覚えてなかっただろ……」
「それもそうね」
いじってきているのか、遠慮がない会話に俺は少し疲れていた。
相手も疲れているのか知らないが、会話がなくなった。
気まずい雰囲気に耐え切れなかった俺はさっき用意した緑茶を一気に飲むと、
お茶を入れにいく口実ができて席を立った。
冷蔵庫からお茶取り出して注いでいると、胡桃沢から会話を始めた。
「そういえば家族はいつ帰ってくるの?」
「ん? 一人暮らしだから家族帰って来ないよ」
「ふーん、二人きりなのね……」
「なんだよ……手なんか出さないからな」
「本当に? 私自分で言うのもなんだけど結構美人だと思うの」
「美人だけど俺は性格重視だから、お前のようないかれたのに興味はないよ」
「まあ酷い」
口では酷いと言っているが、なぜか嬉しそうでもしかしてドMなんだろうか。
体は正直だな、みたいな。
「今失礼なこと考えた?」
「ずっと考えてたよ」
さすがに怒ったのかジト目でこっちを見てくる。
しかし、その表情に恐怖を抱くよりも可愛さの方があって怖くはなかった。
「ごめんごめん、怒らないで。でもその顔怖いというより可愛いよ」
「そ、そう……」
また怒ったのかそっぽを向くと、椅子から立ち上がるとソファーにダイブした。
人の家で遠慮なしに好き勝手やるやつだな、と思ったが同居するしこれくらいは許してやるか。
「ちょっと疲れたから寝かせてもらうね」
「放課後学校で寝てたくせにまだ寝るのか」
「……寝てないし」
胡桃沢はソファーで横になると、すぐに眠ってしまった。
スカートのまま寝ているため、中身が見えそうで困る。……白か。
とりあえず毛布を持ってきてかけとこう。
二階から俺の毛布を持ってきてかけて上げようとしたら――胡桃沢と目があった。
「……変態」
「いや毛布かけようとしただけだよ、襲おうとか考えてないし」
「それは分かっているわ、その前の行為について言っているだけよ」
……その前の行為? の疑問はすぐに解消され、それとともに俺の顔はほんのりと赤くなった。
「深淵を覗くとき、また深淵もあなたを覗いているのよ。私はスカートの中にも目がついているから気をつけてね」
「……はい」
胡桃沢の顔は真っ赤になっていた、やはり恥ずかしかったらしい。
深淵を覗いたときよりなぜか興奮したのを覚えている。
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