第17話『ともだちができました-⑤-』
色々あって二時間後、屋敷に戻ったアスターはヒナの部屋に入るなり絶句した。
「な、何事……?」
そこにはパツンパツンのドレスを無理矢理着せられ、化物のような濃い化粧を施されたシオンと呑気にベッドで大の字で寝ているミスターの姿があった。
「ア、アスター様……」
ぎこちなく首を動かしアスターに助けを求めたシオンはそのままパタリと絨毯に倒れこんだ。
「だっ、大丈夫か!」
「友達付き合いというものは、かくも過酷なものなのですね……」
「……シオン。友達でも嫌なものは嫌って言っていいんだぞ」
「なんと……、それを早く……」
「しっ、しっかりしろシオン! シオーン!!」
なんて茶番を繰り広げている間。ヒナが入口脇に立つギルに気付き、たじろいだ。
(そういやギルの事忘れてるんだっけ……)
「ヒナ、そいつもヒナの友達になりたいって」
「――っ!?」
アスターが言うなり、ヒナはパッと表情を変えギルの元へ駆け寄った。
戸惑うギルの手を取り、うさぎのように跳ねて全身で喜びを表現している。
とても微笑ましい光景だ。
(大丈夫そうだな)
アスターは二人を見守りながら、次の行動に移すことにした。
「ヒナ、今度は裏の林で遊ぼうか。ギルが秘密基地に案内してくれるってさ」
「ひみつきち……?」
ということでミスターを回収した一行は裏の林へ向かった。
この林はヒナの家ヴィンヤード家が所有する土地だ。
「ここ?」
「う、うん」
ギルが案内したのは林の中に建つ小さなログハウスだった。
庭師の居住スペースとして使っていた場所であったが今は使われていない。
ヒナの記憶の事もあり、当時仕えていた使用人以外は長期休暇を言い渡されているからだ。
「開けていいの?」
「うん」
ヒナはギルに促され立て付けの悪いドアをゆっくり開けた。
「お待ちしておりました。お嬢様」
「ばあやだ!」
出迎えたのはグレタだ。
そしてその後ろ、中央に配置されたテーブルには苺をたっぷり使った大きなバースデーケーキや明らかに人数分以上ありそうな軽食がドンと構え、壁は風船や紙のオーナメントで飾り付けが施されていた。
ここは約二時間かけて三人が用意したパーティー会場だ。
「これを」
グレタは黄色のリボンで可愛くラッピングされた袋をギルに手渡し、ギルはそれをヒナへと渡した。
「これ……クッキー?」
「うん、オレと……アスターで作ったんだ」
「わぁ! すごいすごい! これヒナ!? こっちはギルお兄ちゃん! ばあやもいる!」
袋の中にはギルがヒナを想いながら一生懸命作った、ヒナやギルの顔を模したクッキーが入っていた。
「え、えと……その。ヒナ、た……誕生日おめでとう。それと、ごめん……オレ、お前に言わないといけない事があるんだ……き、聞いてくれるか? あのな――」
シンとした空気の中、ギルは唇を震わせ、今まで言えなかった真実を言葉を詰まらせながらヒナへと告げた。
「ずっと言えなくてごめん。約束したのにそばにいてやれなくて……ごめんっ……」
「……」
ヒナは一度も泣かなかった。
ずっとギルの目を見て話を聞いて、話し終わった今は沈黙し、俯いているが涙を流す事はなかった。
(今のヒナには難しい話だったか?)
成功か失敗か。
何とも言え無い重たい空気が漂う。
すると――。
「あのね」
ヒナは唇を噛み、決意したかのような視線をギルに向けた。
「……ヒナね、しってたの」
震える声。
しかしヒナはハッキリそう言い放った。
「この前ね、となりのバッカスが言ってたの。ヒナのママは死んじゃったからヒナはママナシなんだって。だからヒナ、ママの事も……、ギルお兄ちゃんの事もぜんぶ、ぜんぶ思い出したの……ごめんね。ヒナ、お兄ちゃんのことわすれてごめんね――!」
「!」
ヒナの大きな瞳から、大粒の涙がポロポロと零れていく。
それにつられギルもグレタも涙を流し、二人は声を上げてわんわん泣いた。
母を亡くした悲しさはまだ癒えて無いだろう。けれどヒナ自身もそれを乗り越えようと頑張って、ひと知れず前を向いていた。
(あの子、芯は強かったんだな)
遠巻きにホッと胸を撫で下ろすアスターにシオンがそっと耳打ちした。
「一件落着ですか?」
「んー。まあそうなるのかなあ」
人は流した涙の分だけ強くなれる。
これからはひとりじゃない。
ヒナとギルは一歩、また一歩。互いに寄り添い成長しこれから先も共に乗り越えていくのだろうと、幼い雛鳥達を見ながらアスターはこれから先の未来を想像した。
***
「という事があってだな」
時刻は夜七時過ぎ。
食卓に夕食が並ぶ中アスターはステラに今日あった出来事を話していた。
「それはそれは、ヒナちゃんもそのギル君という子も良かったですね」
「俺様のおかげだな!」
「お前何もしてないけどな」
※ミスターはほぼ寝ていました。
「あぁん? そもそも俺様がだなぁー!」
「あーはいはい、そーですね。てかお前シオンの事もっと助けてやれよな。アイツただでさえ人馴れしてないってのにありゃトラウマもんだぞ」
「よく似合ってたじゃねーか」
「いやいやいやいや、顔面化け物みたいになってたからな?」
そんな会話を聞きながらステラは肩を揺らす。
「アスターさんも沢山お友達が出来て良かったですね」
「友達つってもシオンにはまだ頑なに様付けされてるけどな。まぁおいおい仲良くなれたらいいな~とは思うけど、これが中々難しいというかなんというか」
どうやら自分は、距離感がおかしいようだからとアスターが嘆く。
そんな彼に「本当に羨ましい限りです。――出来るなら私もその場に居たかったくらいですよ」と彼女が微笑み、アスターもつられて表情を緩めた。
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