◇◇ 幕間 Part2 ◇◇
「――ふぅん、あの時貴方、そんなこと思ってたの」
僕のここまでの話を聞いて、絢乃さんはそんな感想を漏らした。
「はい。会長もお義母さまも、あの人たちには相当お怒りだったみたいですけど。僕も正直ムカついてました。ハッキリ言ってぶん殴ってやりたいくらいに」
〝あの人たち〟というのは、言うまでもなく絢乃さんの会長就任に反対していた親族連中のことだ(妻の親族に何ちゅう言い草だろうかとツッコまれそうだが、こればかりは変えようがないのでご
さっきも言ったが僕は平和主義者で、暴力なんか大嫌いだが、そんな僕でさえ殴りたくなったくらいである。大事なご家族を亡くされたばかりで、親族からそんな仕打ちを受けたお二人の怒りは計り知れない。
実は、彼らの絢乃さんに対する嫌がらせはこれで終わりではなかった。
彼女が会長に就任してからしばらくの間、会社の、しかも会長室の固定電話に直通で親戚から彼女を非難したり、脅迫するような電話が毎日のようにかかってきていたことがあったのだ。その電話に応対していたのは主にお義母さまや僕だったのだが、その度に何とも不愉快な思いをしていた。
そのうち、絢乃さん自身が応対されるようになり、彼女が「これ以上嫌がらせするようなら、警察介入も考える」と
絢乃さんは本当に強くなったと思う。僕の前で涙を見せたのは、僕からプロポーズされたあの時だけだった。
でも、その強さの陰で彼女がどれだけの涙を隠してきたかを僕は知っている。新婚旅行先の神戸で、そのことを初めて打ち明けられたのだ。
彼女は優しすぎるがゆえに、僕に涙を見せずにいたのだと。本当はものすごく繊細な心の持ち主なのだ。
「ぶん殴るっていうのは穏やかじゃないわね。でも、暴力に訴えなかったって言うのは立派だったんじゃない? よくガマンできたね」
「……僕はそんなに立派な人間じゃないですよ。買い被りすぎです」
「またまた、照れちゃってぇ! 貢がそう思ってなかったら、わたしかママの手が飛んでたわよ、きっと」
「あははは……。それ、めちゃめちゃあり得ます。特にお義母さまが」
義母はとても子煩悩な母親であり、曲がったことが大嫌いな人でもある。ご自身は何を言われても構わないが、大事な一人娘の絢乃さんが攻撃されているとなれば、彼女を守るために手が出てもおかしくはなかったと思う。
「でも、手を出したらママもあの人たちと同レベルの人間になっちゃうからガマンしたのよ。ママの方が大人だったってことよね」
「なるほど……。そういえば、女性の方が心の成長が早いってよく聞きますもんね。で、男性はいつまで経っても子供のままだと」
ひと口に〝子供のまま〟といっても色々である。それが純真無垢な子供のままならまだいいのだが、某ネコ型ロボットのアニメに出てくる俺サマなガキ大将のままだとちょっとタチが悪い。
絢乃さんたち親子を非難していた絢乃さんのご親族はきっと、後者にあたるのだろう。
「――それはおいといて。貴方はずいぶん、パパに信頼されてたのね。最期にわたしの将来を託すくらいだもの」
彼女は早くも、二つめのお菓子に手を付け始めた。今度は高級バターをふんだんに使用したクッキーである。
僕も絢乃さんもスイーツには目がないが、将来糖尿病になったりしないだろうか? そしてなぜ二人とも太らないのだろうか?
「……そうですね。もしかしたらお義父さまは、僕だったから信頼できたんじゃないでしょうか」
「うん? どういう意味?」
「僕が無欲だったから、という意味です。もしも僕が篠沢の財産目当てで逆玉を狙っていたとしたら、お義父さまからあんなに信頼されてなかったでしょうね」
そもそも、僕がそんな男なら、闘病中のお父さまに心を痛めていた絢乃さんを慰めたり励ましたりなんかしないはずだ。ポックリ逝ってくれた方が、財産が転がり込んでくるのも早いのだから。……何ともひどい言い方だが。
「うん、そうだね。わたしも貴方がそんな人じゃなくてよかったと思ってる。っていうか、そんな人だって分かってたら好きになってないもん。
「……ああ、あの方ですね。そういえば、会長があの方にガツンとおっしゃって、僕のカタキ討ちをして下さったんですよね」
大財閥の御曹司にして、起業家でありながら親の脛かじりだったその人に、僕と彼女の関係は一度壊されかけたのだ。去年の秋のことだった。
あの時、僕は見事に彼から不安心を煽られ、絢乃さんとの結婚を諦めかけていた。「彼女にふさわしい相手は僕ではない」と。
その原因を見事に見透かされ、静かな怒りをもって「わたしたちの絆は誰にも壊せない」と彼に啖呵を切ったのが彼女だったのだ。
この話も、僕は新婚旅行中に初めて聞いたのだが……。
「……で、いよいよわたしが会長に、貴方が会長付秘書に就任するのよね? 早く早く! 続き!」
「はいはい。分かりました」
可愛く駄々をこねた絢乃さんにせっつかれ、僕は話の続きを始めた。源一会長の葬儀を終えた日の夜に時間を戻して――。
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