第27話 休暇≠余暇
ゴールデンウィーク明けの大学はどこか弛緩した空気が漂っていた。
それもそうか。
僕も、若干の眠気を覚えつつ講義室を目指していた。
正直言って、休みたいという欲求はある。だがこういう時に堂々とサボれるだけの、勇気の持ち合わせは残念ながらない。
それにおそらく今日大学に
そうなると、あの人のいい伯母に、余計な心配をかけることになる。それは僕の望むところではなかった。
講義室に入ったが、やはりいつもより人数が少ないように感じる。大学生ともなれば、こういった所はみんな柔軟になるんだなと思いながら、いつもと同じ席に着いた。
三々五々、皆が集まってくるがやはり席の埋まり具合は7割程度といったところか。講義開始の5分前、もう今日は来ないのかと思っていたが、この男だけはいつも通りの時間に僕の隣に着席する。
「......相変わらず時間通りだな、涼」
「おはよ、コウ。じゃ後は頼んだ!」
そう言った僕の悪友は、常日頃と変わらず睡眠の体勢に入る。
「休み明けだぞ。気力回復してるはずだろ。」
「休み明けだよ。疲れてるに決まってるだろ。」
こいつとは、一生感覚が合わない。
「休みがオフってのは、前時代の発想だね。今どきは休みがオン。人生その方が楽しいさ。」
「それは仕事を頑張ってる社会人のセリフだ。お前の身分を言ってみろ。」
耳を塞いで聞こえない振りをし始めた。「学びに生きる」という学生の本分からこいつほどかけ離れた奴もそう居ないだろう。
「コウ、そいつは違うぞ。俺は人生という大きな学問を実地で学んでるんだ。社会勉強というね。その一大事の前には、たかだか大学の講義なんて些細な問題だと思わないかい。」
キメ顔で、何か小賢しい事を抜かし始めた。
「......合コンやデートを社会勉強と呼ぶな。アルバイトならまだしも。」
「......汗水垂らした労働は、俺の様な人間には似合わないのさ。」
休み中の行動は図星だったらしい。さっきまでのドヤ顔が崩れて目が泳いでいる。
あとお前は、汗水垂らして働いている世間の皆様に謝れ。
「相変わらずお堅いねぇ、コウは。せっかくの大学生活なんだ。学生という身分は遊ぶためにあるんだよ。せっかくの連休は遊ばないとな。」
そう涼は嘯いた。
まぁ連休はちゃんと出かけたし、僕だって勉強漬けだったわけではないぞ と思ったが黙っておいた。
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その後、相変わらず講義の全てを睡眠時間に充てていた涼を叩き起こし、
学食にお昼に来た。
普段より空いていて、こういう所は快適だなと思う。
涼が席に着いたので、向かいの席に腰を下ろした。涼は少し妙な顔をしたが、何も言わなかった。
二人とも麺類で、僕が鶏塩うどん、涼が冷やし担々麺である。今日から始まったばかりの夏メニューであっさり系だった。
鶏塩うどんは、塩系のスープに、ササミ、小松菜などが載ったボリュームがある一品で大変美味だった。リピートしよう。
涼が食べていた担々麺は、冷やした胡麻風味のスープの中に麺やキュウリやもやしなどの細切り野菜が丁寧に盛り付けされており、見た目も涼やかな一品だった。あれも捨てがたい。
機会があったら他も試そうと思いつつ、自分のうどんを食べていく。
暇なので涼に話を振る。
「......それで、今回の連休は結局何をしてたんだよ。」
「なにを、か。難しいな。色々あった。」
「......具体的には?」
「まず、30日の午後から飛行機で石垣島に飛ぶだろ?そこから3日間ぐらいはダイビングしたり、サイクリングしたりのアクティビティで、3日のお昼頃にこっちに戻ってきた。その足で六本木で合コン。翌日は、約束してたデートでドライブと泊り。昨日、帰ってきて、夜は他の大学の共同の合コンで、朝まで楽しんでから大学に送ってもらってきた。」
聞くんじゃなかった。呆れるほどの行動力だった。
「......ちなみにその話の中に、女性は何人出てくる?」
一応聞いておくと、涼は食べるのをやめて、ひぃふぅみぃ と指折り数え始めた。右手から始まったそのカウントが左手の端まで行って往復する。戻りが半ばを超えたあたりで考えるのをやめた。
僕の感性では理解のできない存在というのが、世の中には居る。一週間ぐらい前まで知らなかった
それに比べたら友人の遍歴の、一つや二つ些細なことではないか。
悟りを開いたような気分で、僕は自分の鶏塩うどんに集中することにした。
「こっちはそんなもんだな。コウは、何してたんだ?」
「別に、特には。涼と比べたら何もしてないな。」
「どこも出かけなかったのか?」
「まぁ一応、出かけはした。」
へぇ と涼が楽しそうに言う。
「出かけた相手は、男?女?」
「......ノーコメント。」
涼がニヤニヤしだした。
「なるほど、両方か。」
舌打ちをこらえる。相変わらずこういう所は勘のいい奴だった。
「それで?誰とデートなんか行ったんだ?」
「デートじゃない。アルバイトで一緒だっただけだ。」
「女性と二人っきりで出かけたんだろ?それをデートと呼ばずして何と呼ぶ。」
「...仕事だろ。」
「つまり女の子と二人っきりで出かけたこと自体は、認めるわけだ。」
思わず舌打ちが出た。鎌かけにまんまと引っかかってしまった。
「ほうほう。あの硬派な伊吹君が、女性と二人っきりでお出かけとな。これは一大事だ。明日は槍でも降るんじゃないか。」
涼がニヤニヤとからかってくる。一回ぶん殴ってやろうか。
「......それ以上、くだらない事言ってると講義ノート貸さんぞ。出席も自分でやれよ。」
僕の反撃に涼はとりあえず黙った。
「いやはや、あのコウがねぇ。」
涼がしみじみと言う。
「やっぱりお前は面白いよ。コウ。」
「僕はお前を楽しませるために生きてるわけじゃないぞ。」
涼はケラケラと笑っていた。
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三限が終わり、今日の予定は全て済んだので、僕は学生棟に足を向けた。
まだ一週間ほどしかたっていないのに、通いなれてきた自分をおかしく思いながら、階段を上る。
まるで、ここへ向かう事の方が僕にとってあたりまえのようになりつつある。
行動心理研究会のドアをノックすると、亜子先輩の声がした。
ドアを開けて、部室に入る。
今日も亜子先輩一人だけがいた。
「お疲れ様です。亜子先輩」
「おーお疲れ、伊吹。姫とのデートは楽しかったか?」
僕は思わずズッコケた。
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