第23話 先達>後塵

 1件目の予測がすんなりと終わってしまったため、だいぶ手持ち無沙汰だった。

 2件目の予測は夕方だが、今からだと3時間以上も間が空いてしまうのだ。


 手持無沙汰な時間をどうするか。


 先輩からの提案は、身体強化の訓練だったので、ありがたく胸を借りることにした。


 今は、とりあえず江ノ電で移動している最中だ。

 青葉先輩が口を開いた。


「ゴールデンウィーク最終日ですが混んでますね。」

「...そうですね。人込みは苦手です。」

「伊吹君は、どこかに出かけたりしなかったんですか?」

「いえ、特には。実家の手伝いをしていたぐらいです。」


 先輩が苦笑する。


保持者ホルダーになって早々の連休で、巡回2回とは、あまり健全ではないかもしれないですね。」


「...まだまだ力不足ですから。せめて早く慣れたくて」


「そんなに気負わなくてもいいんですよ?僕達だって、妖魔と戦う為だけに生きてるわけじゃありません。自分の人生を削ってまで、こちらにのめりこむことが無いように気を付けてくださいね。」


 そうアドバイスしてくれる。


保持者ホルダーになっても、僕達は超人でも正義の味方でもありません。スーパーヒーローみたいに、人助けに邁進する理由もありません。だから、そういう正義感で行動すると、いずれどこかで他人に失望します。失望すると、今度は打って変わって人を攻撃し始めます。」


 そういう理由で、「はぐれ」になる保持者ホルダーだっていますから と先輩は少し苦い顔をしていった。


「伊吹君を勧誘したのは僕です。その手前、伊吹君の行動に口を出すのは筋違いかもしれません。君が、どういう行動をするかは自由です。ただくれぐれも、『自分の人生』と『眷属の活動』のバランスは間違えないでくださいね?」


「......はい。大丈夫です。」


 僕は頷いた。

____________________


 僕達は江ノ島電鉄の七里ヶ浜駅で下車した。

駅を出て左に歩き、道なりに進むと階段があり海岸に降りられるようになっていた。


 海岸に降りると江ノ島がよく見えた。

天気がいいので遠くにうっすらと富士山も見えている。


先輩が口を開く。


「...いい天気ですね。カメラを持ってくればよかった。」


 そういいながら、スマートフォンを取り出して写真を撮っている。

階段を降りたすぐのところは人が多かったので、少し海岸沿いに離れたところに移動した。


「さてと、それでは訓練を始めましょうか。この後も巡回があることですし、10分2セットぐらいで考えておきましょう。」


 内容は前回と同じでいいですか と先輩が聞くので頷いた。

 前回は手も足も出なかったが、今回はもう少し食い下がっておきたい。


 5メートルぐらいの距離で対峙した。


「「起動アウェイク」」


 起動と同時に、砂浜を蹴り出して飛び掛かる。

 足元から、爆発したかように砂が舞い散る。


 先輩は、僕の動きをしっかりと見切ったうえで最小限で躱した。

 僕は砂を散らしながら着地すると同時に、方向転換して先輩を追う。


 触れようと伸ばした腕は軽くいなされ、先輩はさらにバックステップで下がった。


「体に力が入りすぎです。足場が砂地で悪いので、そこまで脚力を強化しても逆効果ですよ。」


 先輩からアドバイスが飛ぶ。


 少し深呼吸して落ち着く、ステップを重視してさっきより小刻みに近づく。

距離を詰めてから、一気に飛び込む。躱された。


 だが、躱されることを想定して最初から全力ではない為、先ほどより鋭く切り返す。


 手を伸ばす。があと一歩届かない。


「...目をいかして、相手の魔力を見てどちらに避けるつもりなのか予想してください。」


 軽やかに避けた先輩からさらにアドバイスが飛んだ。


 一旦止まって目に魔力を集中させる。先輩を見るが、自然体で今は予想がつかない。

 先ほどと同じように、突っ込む。どっちだ、右か 左か。


 体勢が左に傾く、左か。と思ったところで、先輩の左足に魔力が偏っていることに気づいた。体勢はブラフか。


 飛び込む瞬間に勘で、先輩の右側に飛び込んだ。賭けだ。


 やはり右側に回避した。届くか。ただ目に魔力を集めたせいと、直前で無理に方向を変えたせいで速度が足りない。


 一か八か、足首を刈るつもりで飛び込んだ。



 ―――その途端、目の前が爆発した。



「...うわっ!」


 僕は盛大に砂を浴びた。


 ...焦って叫んだせいで口の中まで入った。


 __________________


 いったん休憩して、砂を落とす。


 さっきの爆発は、足首を取りに行った僕に対して、先輩が大きく跳び下がったためだ。

 僕への、目くらましと牽制も兼ねて、わざと盛大に砂を巻き上げたのだ。


 というか最初はあえて砂を飛ばさず移動しておいて、見え見えのフェイントで僕を誘い込んでから嵌めたのだ ということに冷静になってから気が付いた。


 先輩が戻ってくる。ペットボトルの水を差し出された。


「砂は落ちましたか?」


「...大体は。ただ口の中がシャリシャリします。」


 それでゆすいでください と言われた。


「...さっきの訓練ですが、先日よりかなり身体強化のレベルが上がりましたね。最後はちょっとやりすぎました。すみません。」


「いえ。見えている罠に飛び込みました。あれは僕のせいです。」


 魔力が集中しているのを見ても、何が起こるかわからないのに、僕は先輩の誘導に乗ってそれが避けるための動作だと思い込んでしまっていた。


 あれが反撃の為だったりしたら僕はもっと手ひどい反撃を受けていたはずだ。冷静な対応ができていなかった。


「伊吹君は、結構負けず嫌いですね。勝負事に熱くなりやすいタイプとは、意外でした。」


「...そうですね。負けず嫌いではあります。さっきのもうまく誘われました。」


「...気が付きましたか?」


 先輩が笑う。


「本当は魔力だけを見て、次に何をする予定なのかはわからないはずです。なのに僕は先輩が『避ける方向を予想しろ』と言ったのを真に受けて考えるのをやめました。 当然、避けるために力をためているのだと思い込んでしまいましたから。」


「そうですね。あれがもし魔術アーツ持ちだったら、もっと不利なことになっていたかもしれません。保持者ホルダー同士の対戦では相手の情報がとても大切なんです。」


 その点、伊吹君は目がいいので有利ですね と先輩は言う。


「魔力を見て魔術アーツの発動兆候を探れるだけで大分違います。大きな技を出そうと思えばそれなりに兆候がありますから。」


「......さっきはそれを利用されました。」


「それはもちろん『いい訓練』の為ですよ。実際、勉強になったでしょう?」


 先輩がニヤッと笑う。

 ......悔しいがその通りだ。目がよくても相手の考えを読まずに突っ込んではいけないという教訓を得た。


「じゃあ、反省を踏まえてもう一回やってみましょうか。」



 ...2回戦は砂を食べることはなくなったが、やはり手は届かないままだった。

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