ご購入ありがとうございました。
夏木
社畜の荷物
社会はいくつもの歯車で回っている。
どこかの歯車が狂ったら、社会がまわらなくなってしまう。たとえどんな小さな歯車であっても。
この歯車こそが俺たちである。
「あっ、終電っ! 終わっちまった」
他に誰もいなくなったオフィスで、俺の声が響いた。
休職者分の仕事を押し付けられ、何とか片づけようとしていたらもう日付がとっくに変わっていた。このままここで夜な夜な残っていくこともできる。仮眠室なんてものはないから、椅子を並べてベッド替わりにするしかない。たとえそこで寝たとしても疲れがとれることはない。
なんでそんなことがわかるのかって?
だって俺、その生活をすでに五日連続で行っているから。さすがにこれ以上続けていたら、俺の体がもたない。それに今日は楽しみがある。そのために連続で会社に泊まっていたと言っても過言ではない。
「タクシーなら行けるか。あとは来週やるとして、帰ろ」
残業のかいがあって、来週にまわしても問題ない仕事量にまで減らすことができた。本当は全て終わらせておきたかったが、まあいい。来週頑張るとしよう。
パソコンをシャットダウンし、電気を落としてから俺はすっかり気温が下がった道を歩き、駅近くでタクシーを拾った。
☆
降ろしてもらったのは、自宅近くの駅前。もちろん終電が終わっているから、駅は真っ暗で利用することはできない。まあ、用があるのは駅ではない。その前にある、宅配物受け取りサービス機だ。
昨今、お家時間だとか、密回避だとか。フリマアプリだとか。そんな理由もあってインターネット上での買い物が増えている。俺みたいな社畜だと、仕事終わりに店が開いていないという理由もあるが。
自分の好きな時間に買い物ができるのはとても便利。俺もよく利用している。
利用はするが、家で荷物を受け取ることが難しい人に代わり、今、目の前にあるような宅配ロッカーが役に立つ。
事前にスマートフォンに送られてきた認証バーコードを宅配ロッカーの画面にかざし、受け取りサインをする。そうすれば自分宛の荷物が入っている扉が開くという仕組みだ。
「お、開いた開いた」
スマートフォンを使って開いた扉から段ボールの荷物を取り出す。
今日届く予定だったのは、フリマアプリで買ったゲーム機本体だ。中古になるわけだが、状態はいいみたいで動作も問題ないって書いてあったし、値段も安いから即決。販売者の対応もよかった。届くのをずっと楽しみにしていた。これをモチベーションに仕事をしていたのだから。
「うん? 箱、でかくないか? まあいっか」
想像していたよりも箱が大きい気がする。それに重さもなんだか偏りがあるような。
半分だけ重くて、半分は軽い。そんな感じがする。
でも買ったのはテレビゲーム機。そこそこの大きさはある……はず。でもまさか偽物を買わされたのではないか。そんな不安があったが、駅前でビリビリと開封するわけにもいかない。
両手にそれを抱えながら帰るしかなかった。
アパートに帰ってから、封を切る。
中身を傷付けないようにと、カッターではなく素手でビリビリとガムテープをはがす。そして待ちに待ったゲームとご対面――
「ゲームっ……と、カップ麺?」
箱にはプチプチでくるまれている念願のゲーム機。
そしてそれと箱との隙間を埋めるように入っていた、緑のたぬき。全部で四つ入っている。
賞味期限も問題ない。ビニールに包まれたままの未開封のもの。
ゲーム機に続いて緑のたぬきも取り出せば、隙間に挟まっていたのであろう販売者が同梱した紙が落ちた。開いて中を確認すれば、手書きで文字が書かれている。
『このたびはご購入ありがとうございました。梱包していたところ、隙間が埋まらなかったため、今回真に勝手ながら私の好きなもので埋めさせていただきました。もちろん買ったばかりですので、賞味期限は大丈夫なはずです。是非、お召し上がりください』
ゲームをそっちのけで、俺はすぐにやかんでお湯を沸かした。
沸騰した湯を注ぎ、待つこと三分。蓋を開ければもくもくと湯気が腹の虫を呼び起こす。
深夜三時。
俺はゲームを横に、緑のたぬきを食す。
駅から家まで歩いてきて冷えた体。残業続きに加え、食生活も乱れていた体に、美味しい匂いが、味が染みわたっていく。
すぐに一杯食べきったときには、体が温まり、眠気が襲ってきた。
食べてすぐ寝るのもあまりよくないことはわかっていたけれど、スーツのままベッドに体を投げた。瞼がどんどん重くなっていく。
緩衝材の代わりに緑のたぬきだなんて。驚いたけど美味しかった。お腹と心が一緒に満たされた気がする。
明日は仕事休みだし、販売者にお礼を送ろう。そうしたらまた、食べて、それでゲームをやろう。明日、全部明日……。
美味しかったですって。そう送ろう。あと最後に一文付け足して。
俺、普段は赤いきつね派だけど、緑のたぬきも悪くなかったですと。
今度両方とも買っておこう。
ご購入ありがとうございました。 夏木 @0_AR
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