EP8 憧れを超えろ《オーバー・ザ・ヒーロー》
俺の前に現れるのは青き衣の忍者、例え素顔を晒したとしてもこの姿を捨てたわけじゃない。忍者の姿もまた俺のひとつなのだから。
一方蒼峰さんの目の前には大きな太刀を手にした忍者が現れた。
……まさかこの人も忍者の
「里長の奴、知ってて黙ってたな? あの狸親父め」
蒼峰さんのキャラは青色をベースにしつつ虎柄模様があしらわれた忍装束を着ていて、忍者にしては目立つ格好だ。
手にした大太刀も隠密行動には向かない立派な代物。防御力の低い俺がアレをまともに食らえば一発で体力が消し飛んでしまうだろう。一瞬の油断も許されないな。
だがそれがどうした。俺だって少なくない時間と大量の情熱をゲームに注ぎ込んで来たんだ。
蒼峰さんが相手だろうと、ゲームだけは絶対に負けない――――!
『さて! お互い準備が出来たところで早速決勝戦を始めるぜ! レディー……スターーーートッッ!!』
◇ ◇ ◇
Mr.Jの掛け声により、戦いの火蓋は切って落とされた。
しかし試合が始まっても両者は武器を構えたまま動かず、相手の出方を伺っていた。
(隙が……ない……!)
空は試合開始と同時に攻撃を仕掛けるつもりだった。
しかしあまりにも隙のない蒼峰大河を前にして、動くことが出来なかった。空の予想では大河のキャラは攻撃力重視の
なので先手を取って一気に勝負を決めるのがセオリーなのだが、どうしても最初の一歩が踏み出せなかった。
「どうした少年、来ないならこちらから行くぞ……!」
そう言って大河は一歩、踏み出す。
その瞬間生まれたほんの僅かな隙を突き空は動き出す。
「
二つの移動強化スキルを発動し、空は一気に距離を詰める。二つのスキルの効果により空は地面の上を滑るように高速で移動する。その軌道は不規則で読みづらい、常人であれば何が起きてるのか理解する間も無く接近されてしまうだろう。
しかし蒼峰大河もまた、空と同じく普通ではなかった。
「ふむ、面白い動きだ」
そう言って笑みを浮かべると、空の高速の斬撃を身をよじって躱す。
攻撃をすかした空はすぐに続けて斬りかかるが、その一撃は太刀に受け止められてしまう。
「ぐ、ぐぎぎ……」
「いい太刀筋だがその程度じゃ俺の首には届かないぜ。もっと本気を見せてくれよ少年……!」
両手で小太刀を握り鍔迫り合いをする空だが、筋力は相手の方が上なのでジリジリと押し負けてしまう。このままでは負ける。そう確信した空はその場から飛び去り距離を取る。
(やっぱり蒼峰さんのキャラの方が筋力が高い、正面から斬り合っても勝ち目はない! ならこっちは速さで勝負するまで……!)
空と大河の
自由値というのはその名の通り自由に振ることができるステータス値のこと。レベルが上がると自動で固定値を取得し、好きなステータスに自由に割り振ることの出来る。この機能のおかげで同じ
空は自由値を攻撃に少し振り、残りを全て速さに振っている。
忍者の
「行くぞ、
スキルにより更に速度を上げた空は、大河の周囲を超高速で駆け回る。あまりの速度に観客の中には目を回すものまで現れてしまう。
当然本人の空も景色がぐるぐると高速で回るのでお腹に強い不快感を覚え、口の中が酸っぱくなる。
(堪えろ! 蒼峰さんがこの速度に慣れるまでにケリをつけるんだ!)
空は食道を駆け上がる酸っぱいもの無理やりを飲み込むと、大河の背後に回り込んだタイミングで襲いかかる。
狙うは首。防具の装甲が薄い上に、ここは急所判定が出る箇所なのだ。上手く攻撃を当てれば一撃で勝負を決めることが出来る。
(貰った!)
タイミング、角度、動き、どれも完璧なこれ以上ない攻撃。
しかし刃が当たる直前、大河はぐるりと体を反転させ大太刀で空の攻撃を受け止めた。
「お――――っと危ない。今のはいい攻撃だったな」
「これでも駄目、なのか……っ!?」
空はその後も何度も小太刀を振るうが、そのことごとくを大河は捌いてみせた。
空もリアオンの中で強豪プレイヤーと戦闘をしたことがあるが、初見でこんなに完璧な対応されるのは初めてだった。
「俺は昔から『勘』が鋭かった。そしてその能力はリアオンでも大いに発揮した。つまり俺には君がどこを狙い、どう攻めようとしているか分かる。いくら君が俺より速くても、動きを読めれば当たることはないッ!」
大河の鋭い一閃が、空の左腕を深く切り裂く。
その瞬間空の左腕に鋭い痛みが走る。本来であればキャラが傷を負っても、実在のプレイヤーは
しかしキャラと深く
シンクロ率を上げない設定もあるのだが、シンクロ率は高ければ高いほどキャラの動きの精度が高くなる。ゆえに多くのトッププレイヤーはその設定をオンにしない。
痛みから逃げた先に、勝利がないことを知っているから。
「少しくらい痛いのがなんだ、負けるより百倍マシだ……!」
お返しとばかりに何度も斬りかかってくる大河の剣撃を、空は持ち前の速さで全て回避する。化け物じみた直感力と運動神経を持つ大河といえど、空のスピードに完全について行くことは出来なかった。
「速いな少年! こんなに当たらないのは初めてだよ……!」
渾身の斬撃を全て避けられ、大河の顔にも僅かに焦りと疲れの色が浮かぶ。体力には自信ある彼が消耗してしまうほどRe-sportsは過酷なものなのだ。
当然空も神経をすり減らしているが、ゲームしている時間が他の人よりずっと長いためゲームでの疲れに対する耐性がある。なので大河よりたくさん動いてはいるがその疲れは五分といったところだった。
空は高速で動きながら大河に話しかける。
「蒼峰さん、やっぱり貴方は凄い。お仕事で忙しいはずなのに、ゲームまでこんなにやりこんでるなんて」
ゲーム廃人の空から見ても大河の装備はどれも一級品のものだった。
お金を積めば手に入るような代物ではなく、ちゃんと強敵を倒しコツコツと作ったであろう物ばかりだ。大河の姿をネット配信やテレビで見ない日はないというのに、ここまでやり込むなんてどれほどの苦労があっただろうか。
「貴方のその努力量や運動神経、頭の良さ、見た目、その他もろもろ……とても俺は敵わない。でも……ゲームだけは、それだけ負けられない! それは俺の全てだから。これだけは何があっても負けられないんだっ!」
空は全力で吠え、憧れに挑む。
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