EP6 小さくて大きな勇者《リトルビッグヒーロー》

 このタイミング昔話? いったいどういうつもりなんだ?


「私は小さい頃、病気でずっと寝たきりの状態だったとお話ししましたよね」


 ああ、確かに言っていた。

 奇病「眠り姫病」に罹り、五歳から八歳までの三年間、彼女はずっと病院のベッドにいた。


「目を覚ました私には友人などいませんでした。ずっと寝てたのだから当然ですよね。そんな私が出会ったのがリアルワールド・オンラインでした。あの世界は私にとって『救い』になりました」


 その気持ちは痛いほどわかる。現実世界で上手くいってなくても、あの世界に行けばそんなしがらみから解き放たれる。俺にとってもそうだったように、彼女にとってもあそこは特別な場所だったんだろう。


「幼い頃の私はその世界でたくさん遊びました。まだ幼い私はうまく戦うことが出来ず、最初の街周辺を探検するだけだったんですけどね」


 第一エリア付近に出てくるモンスターはどれも素手で倒せるほど弱い。ゲーム開始時に武器も貰えるから、子どもといえど苦戦はしないだろう。


 しかしその先に進むとグッと敵も強くなる。


「でもある日……私は好奇心から強いモンスターの出る森に入ってしまったんです。そこには怖いモンスターがたくさんいて、私は泣きながら逃げました。おかしいですよね、ログアウトすれば済む話なのに。ですがあの時の私は、恐怖のあまりそんなこと思いつきもしませんでした」


 銀城さんはおかしいと言っているが、別段変な話ではない。

 リアオンは現実世界と区別がつかないほど精細リアルに作られている。子どもであれば尚更現実と区別がつかなくなるだろう。


「暗い森の中を一人で泣きながら逃げ惑ったのを、今でも鮮明に覚えています。怖くて、心細くて。『もう二度とゲームなんてやるもんか』と思ったものです」

「それは……大変だったな」


 同情する。

 にしてもそんな目に遭ってよくゲームを続けられたな。


「何時間も森を彷徨って疲れ果てた私は、とうとうモンスターに追い詰められました。狼のモンスターは私に近づくと鋭い牙を剥き、涎を垂らしながら襲いかかって来ました。『もうダメだ、死んじゃう』そう思った私ですが、とあるプレイヤーが突然現れ私を助けてくれたんです」

「……へえ」


 そんな事があるんだな、と感心する。

 ヒーローというのは意外といるものなのかもしれない。


「そのプレイヤーは……小さな男の子でした。その子は狼に何度も吹き飛ばされて涙目になりながらも、私を守りながら果敢に戦ってくれました。自分もボロボロになって泣きながら、その子は私を助けてくれたんです。……ここまで聞けばもう分かるんじゃないですか?」

「……なにがだ」


「あの時、私を助けてくれたのはあなたです。私たちは八年前に一度会ってるんですよ」


 息が止まる。

 銀城さんを助けたのが、俺だって?


 確かに俺は小さい時からヒーローの真似事をしていたけど、そんな偶然あり得るのか? とてもじゃないが信じられない。


「……そんなに昔の話じゃ本当に俺か分からないだろ」

「ふふ、分かりますよ。あなたはあの時から何も変わっていません。背は大きくなりましたけどね」


 銀城さんは楽しそうに言う。


「青い服の小さな勇者。幼き頃の私にとって彼は本物のヒーローでした。その気持ちは今も変わっていません」

「……悪いけど俺はヒーローなんかじゃないよ。銀城さんもあの人を見ただろ? かっこよくて、頼り甲斐があって、この人なら全て任せられるって信頼感がある、ああいう人のことをヒーローっていうんだ。俺のはしょせん真似事。所詮ヒーローもどきだよ」

「……いくらあなたが自分を卑下しようと、私の気持ちは変わりません」


 銀城さんはそう前置き、言う。


「私のヒーローは今も昔もあなただけです。他の誰が否定しようと、例えあなた本人が否定しようと、私のこの気持ちだけは誰にも否定させません」


「……っ!!」


 目頭が、熱くなる。

 もうヒーローになんてなりたくない、そう思っていたのに……なんでこんなに嬉しいんだ。心が熱くなるんだ。


「……っ、ゔぅっ」


 声にならない声と共に、大量の涙がこぼれる。この涙がなんの感情から来る涙なのかは分からない。だけど熱い涙がこぼれる度、冷え切っていた心の奥底が熱く沸き立つのを感じる。


「ヒーローになろうとする必要はないんですよ。あなたはとっくにもう、私のヒーローなんですから」


 両手で顔を抑えるが、隙間から涙が溢れて止まらない。

 そうか……そうだったんだな、怜奈さん。ありがとう、あんたのおかげで全部分かったよ。


「……こうしちゃいられないな」


 胸の真ん中に熱く燃える火が灯る。

 その炎は立て、歩け、戦えと俺を強く焚きつける。うるせえな、わかったよ。

 覚悟を決めた俺は涙を拭き、立ち上がる。

 そして扉を開いてその向こうにいる彼女と顔を合わす。


「空さん……」

「ぷっ、ひどい顔してるぞ怜奈さん」

「それを言うなら空さんこそ」


 ぐずぐずの顔をからかい合って、俺たちは笑う。

 まるで昔からの友人のように。


「行くよ怜奈さん。俺はあの人と戦う」

「……無理しなくてもいいんですよ。別にあの人に勝たなくてもあなたが私のヒーローであることに変わりはないんですから」


 怜奈さんは心配そうにする眉をひそめる。どうやらかなり心配をかけてしまったようだ。


「大丈夫、もうそんなつもりはない。ただ……俺は今、純粋にあの人と戦ってみたいんだ。憧れて追いかけた背中にどれだけ近づけたか知りたい。それに……俺のことをヒーローだと言ってくれる人に、良いところ見せたいしな」


 怜奈さんは俺の言葉に驚いたように目を丸くした後、嬉しそうに微笑む。


「それでは、止めるわけには行きませんね。頑張ってください、応援してます」

「ありがとう。じゃあ、これを預かっててくれるか?」


 そう言って俺はある物を彼女に渡す。


「これは……預かってしまって本当によろしいのですか?」

「うん。もう俺には必要のないものだから」

「そうですか、ならばこれは私がしっかりと預かっておきます」


 その言葉に頷いた俺は、彼女と別れ一人試合会場に向かうのだった。

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