EP7 里長フガク《ダイナミック・シノビトウリョウ》

「ガッハッハ! 今日は良い日だ!」


 大声で剛毅に笑うこの人物こそ、忍びの里の長『猿面のフガク』。

 その名の通り猿を模した面を被っていて、口元以外は面の下に隠している。


 身長は二メートルを超えていて、忍装束の上からでも分かるほど筋肉はムキムキ。およそ忍とは思えない目立つ見た目をしているが、その実力は本物で俺も何度か手合わせしているが、いまだに勝てた試しがない。


「レイナ殿、といったかな。そう緊張せんでも取って食ったりせんから安心してくれ。ほれ、そこに座ると良い」

「は、はい」


 すっかり怜奈さんは圧倒されてしまっている。まあこんなハイテンションなNPC、滅多にいないからなあ……。俺も最初に会った時は驚いたものだ。


 昔の事を思い出しながら、俺は里長の前に置かれた座布団の上に正座する。ちなみに火窩の里に着いてから俺は忍装束に着替えている。この村に来ている間はこの姿でいられるから嬉しい。


「怜奈さん、あまり緊張しないで大丈夫だぞ。確かに里長は厳ついが、滅多なことでは怒らないから」

「おいバカ息子、誰が厳ついだと?」


 バカ親父が絡んでくるが気にしない。この人が厳つくておっかない見た目なのは紛れもない事実なのだから。


「えっと、それでは挨拶させて頂きます。私は空さんの友人のレイナです。本日はお招きいただきありがとうございます」


 そう言って彼女は丁寧な所作で頭を下げる。令嬢ともなると礼儀作法が行き届いてるんだなあと感心する。


「行儀のいい嬢ちゃんだ、気に入った! おい! とっておきの茶菓子を持ってこい!」

 そう言って手を叩くと、天井の板が一つ開き、中から黒い忍者が一人にゅっと現れる。

 その手にはお盆があり、艶やかな羊羹と淹れたての緑茶が乗っている。


「最高級の餡で拵えた羊羹だ、遠慮せず食べるといい」

「あ、ありがとうございます」


 まだ少し勢いに押されながらも、怜奈さんは羊羹を小さく切って口に運ぶ。


「おいしい……!」


 目を大きく開き驚く怜奈さん。その様子に里長も「ガハハ、美味いだろう」と満足げに笑みを浮かべる。


 リアルワールド・オンラインには味覚を感じる機能も付いている。そして驚くことにモンスターの素材なども料理して食べることが出来るのだ。当然現実世界のお腹が膨れることはないが、ゲーム内にも空腹ゲージがあるので擬似的に満腹感を味わうことはできる。


 現実世界の料理に飽きた美食家や料理人の中には、未知の味を求めてリアオンで珍しい食材を集めて回ってる人もいるらしい。ドラゴンの肉の味とかは俺も気になるところだ。


「……空さん、ちょっといいですか?」

「ん?」


 怜奈さんが里長に聞こえないように俺に耳打ちしてくる。

 いったいどうしたんだろうか。


「里長のフガクさん。AIにしては表情が愉快すぎませんか?」

「あー、そのことか……」


 リアオンだけに限った話じゃないが、今のフルダイブVRゲームのNPCの中には、AIで会話出来る者もいる。

 決められた受け答えしか出来ない今までNPCに比べたら、グッと会話の自由度が上がるのだけど、それでもやはり会話してて違和感は感じてしまう時がある。


 しかし、リアオンの一部のNPCの中には、AIにしてはやけに会話が流暢なNPCがいるのだ。

 そういったレアNPCは、プレイヤーの中で『ユニークNPC』と呼ばれており、そいつらはまるで人間が操作してるかのように動き、喋る。


 しかし彼らの頭上に出ているマークはプレイヤーのそれではなくNPCのものだ。


「里長は多分ユニークNPCだ。超進化したAIなのか、人が操作してるのかは分からないけど、普通のAIでないことは確かだ」

「そうだったんですね。どうりでこんなにユニークな性格してるわけです」

「ユニークNPCだけに、ってか?」

「茶化さないでください」


 せっかくボケを拾ってあげたのに怒られてしまった。

 もしかしたらボケのつもりじゃなかったのか? ……いや、彼女の耳がほんのり赤いところを見るに狙って言って可能性もあるな。グッドコミュニケーションだったみたいだ。


「おいおいお前たち、俺をのけ者にするんじゃねえよ。寂しいじゃねえか」


 里長は口をとがらせ不満そうに口を挟んでくる。とんだ構ってちゃんだぜ。


「ごめんって。でももう顔見せも済んだし行っていいだろ? 色々と済ませておきたい事があるんだよ」

「なんだいもう行っちまうのか。薄情な子に育てちまったもんだぜ」


 そう言って里長は袖で目元を覆い、泣いたふりをする。もし中身がAIでなく人間だったらそうとう芸達者だな。


「はいはい。また今度ゆっくり話は聞くから泣くなよ里長。怜奈さん、気にしなくても大丈夫だから行こうか」

「え、あ、はい。それではフガクさん、失礼します」


 怜奈さんは深々と一礼すると立ち上がり、既に部屋を去ろうとしてる俺の後をとてて、と着いてくる。

 すると里長は泣き真似を止め、俺に声を投げかける。


「おい空。頑張れよ」

「へ? あ、ああ」


 変なことを言う里長を残し、俺たちは天守閣を後にするのだった。

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