EP3 体育館裏《サンクチュアリ》
昼休み、俺は一人
おっと勘違いしないで欲しい。けして俺がぼっちだから一人飯をしているわけではない。
これは短い休み時間を有効に活用するための崇高な作戦なのだ。嘘じゃない、本当だぞ。
「もぐもぐ……よし、ごちそうさま。と」
弁当を胃袋にかき込み、鞄にしまう。
そしてその代わりにポケットから取り出したのは、眼鏡を真ん中から半分に割ったような形をしている超小型VRデバイス「
最初はヘルメット型しかなかったVRデバイスも今では眼鏡サイズまで小型化が進んでいる。しかも俺のは最新型の
「さて、それじゃ早速ログインしますか」
「よーし、今日もやるか」
リアルワールド・オンライン起動。そう頭の中で思っただけで
「こんな所でゲームしちゃいけないんですよ」
「うおっ!?」
中断。
電子の海に肩まで浸かっていた意識が急速に現実世界に引きずり戻される。
いったい俺の至福の時間を邪魔したのは誰だ!? 声のした方に目を向けてみると、何とそこにいたのは、あの銀髪の転校生だった。
「こんにちは。自己紹介は……いりませんよね。青井空さん?」
「あんたの自己紹介は聞いたが、俺はあんたにしてないはずだけどな」
「クラスメイトの名前くらいは昨日の時点で全員頭に入れてますよ」
そう言って彼女は得意げに頭をとんとんと叩く。
「そりゃご苦労なこって……」
クラスメイト全員の名前なんて俺だって覚えちゃいない。苗字だけだったら正答率九十%はあると思うが、フルネームとなると半分も覚えていないだろう。薄情だと思われるかもしれないが、意外とみんなそんなもんだろ?
「で? こんな所にいったいなんの用だ? 自分で言うのもなんだが
「そんな事は瑣末な問題です。それよりも貴方はこの件の弁明をした方がよろしいのではありませんか?」
そう言ってスマートリングを操作する転校生。するとナノマシンが空中に舞い、俺が
「校内でのVRゲームへのログインは禁止されてると校則に書かれています。これがバレるのは不味いのではないですか?」
「うぐ……いい性格してるぜ……」
こんなことバレたところで大事にはならないだろう。だが体育館裏という俺の
「――――しかし私も鬼ではありません。お願いを聞いていただければこの件は黙っていましょう」
「へえ、交換条件ってわけか。いいぜ聞くだけ聞いてやるよ」
「なに、簡単な話です」
転校生はそう前置くと、ポケットから眼鏡ケースを取り出し、その中から銀縁の眼鏡を取り出し、かける。
そしてフレーム部にある小さなボタンを押してそれを起動する。
「
彼女の眼の前にナノマシンが集まり、銀色の甲冑をした騎士の形になる。その騎士の手には細剣、いわゆるレイピアというやつを持っている。甲冑は防御重視のゴツいやつではなく、装甲の薄い速度重視のタイプ。受けを得意とする一般的な騎士タイプじゃなくて機動力特化のフェンサータイプか。
……おっといけない。いつもの癖でキャラを見るとどんな
この転校生、こんなところで
「こんな所でキャラを出してどういうつもりだ? まさかバトルしろだなんて言わないよな」
「そのまさかです。私とここでRe-sportsをして下さい。そうすれば勝敗関係なく今回の件は見逃しましょう」
「マジかよ……」
変わった転校生だとは思っていたけどここまでとは思わなかった。どこの世界に転向して早々バトルをしろと脅迫してくる美少女がいるんだ。勘弁してくれ。
……だが実現不可能なことを頼まれてないだけ幸運か。こいつは「勝敗を問わない」と言った。つまり手を抜いてもオッケーということ。
適当にいいバトルを演じて満足してもらうとしよう。
「しょうがない。その遊びに付き合ってやるよ。
俺の目の前に現れたのは青い忍装束に身を包んだ忍者……ではなく、一般的な戦士職の装備に身を包んだ戦士。これは別のアカウントを使ったわけじゃない。忍者の姿は既にネット掲示板で有名になってしまっているので、世の目を欺くため別の姿で普段は遊んでいるのだ。
転校生が『青き疾風』のことを知っている可能性は低いと思うがその姿を晒すわけにはいかない。この仮初の姿で満足してもら……
「あれ? 普段は忍者の姿で活動してるわけじゃないんですか?」
「…………」
汗が止まらない。
あ、あり得ないあり得ないあり得ない! なんでこの転校生、俺のトップシークレットを知ってるんだ!? 友人はおろか親兄弟にも言ってないのに!
「ナ、ナンノコトカナー」
「とぼけても無駄ですよ。調べはついているのですから」
そう言って転校生はひとつの画像を出す。そこに写っていたのは謎の忍者『青き疾風』。しかも忍者状態なのに油断して顔を覆ってる布を外して食事をしている瞬間の写真だ。
こんなもの出されたら言い訳もクソもない。
「お、おま、どこでこの写真を……」
「ふふ……ようやく状況が飲み込めたようですね」
そう言って薄い笑みを浮かべる転校生。その笑みは世にいる男性全員を恋に落とすほど魅力的だが、今の俺には悪魔の笑みにしか見えない。
「バトルがしたいだけなんて嘘だな!? いったい何が目的なんだ!?」
「そうですね、一から説明してもいいのですが……もうすぐ昼休みも終わってしまいます」
気づけば午後の授業開始まで五分を切っている。ここから教室まで歩いてちょうど五分。どうやら悠長に話している時間はなさそうだ。
「じゃあどうするんだよ」
「ふむ、そうですね……」
彼女は少し考え込むと、何か思いついたように「あ」と手を叩く。
「良い考えを思いつきました。空さん、放課後私とデートして頂けますか?」
「で、でででででぇと!?」
全く予想してなかったその単語に、思わず裏声で叫んでしまう。
マ、マジでこいつは何を考えてるんだ!?
「はい、そこでゆっくりとお話しできればと思います。それでは放課後、駅前でお待ちしてますね」
そう言い残して転校生……銀城怜奈は、去って行ってしまった。
「いったい何だったんだ……」
一人体育館裏に残された俺はそう呟くことしか出来なかった。
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