EP2 銀色の転校生《シルバークイーン》

 俺の通う高校の偏差値は中の上。本当はもう少し上の高校にも行けたんだけど、そっちは全部家から遠いからバスや電車を使わなくちゃいけなくなってしまう。


 その点今通っている高校は徒歩十分とめちゃくちゃ近い。おかげでこんなギリギリまでゲームに勤しむことが出来るのだ。こっちの高校を選んだのは我ながらナイス判断だったと言わざるを得ない。


「さーて、何か面白いニュースでもあるかね」


 徒歩十分とはいえ道中は暇だ。俺はいつものように右手首に装着したスマートリングのボタンを押して起動させる。

 するとリングに空いた小さな穴からナノマシンが放出され、目の前に画面スクリーンが表示される。俺はその画面を脳波で操ってニュースアプリを起動する。


 一昔前は画面を指で操作しなきゃいけなかったと言うんだから技術の進歩は素晴らしい。


「えーなになに……?」


 ネオ秋葉でゲーム大会が開催、世界最大規模の浮島森林『ギガフォレスト』が完成、ナノマシン技術の医療応用に影、などなど様々なニュースが流れる中、俺は一つの記事に目を止める。


「……アイドルがプロゲーマーデビューだって? なんか似たようなニュース先週も見た気がするな。流行ってんのか?」


 プロゲーマーは今や小学生のなりたい職業トップ5の常連だ。トップクラスの年俸は有名スポーツ選手をも凌ぐという。すごい話だ。

 しかしまだ頭の硬い人はいるもので、VRゲームに難色を示す人もいる。俺の母さんなんかもその一人だ。一度やってみればいいのに。

 その後も二、三ニュースを見ていたら、いつの間にか学校に着いてしまう。


 時刻は八時十分。うむ、ちょうどいい時間だ。


「……ん? 何か騒がしいな」


 校門を通り、下駄箱を目指していると途中で人だかりが出来ていることに気づく。

 まだ朝のホームルームまでは時間があるな。早く教室に着いてもやることもないので興味本位で覗いてみると、なんと人だかりの中心で、二人の男が武器を持ち向かい合っていた。


 一人は上半身裸のムキムキ男。手には無骨な斧を持っている。

 もう一人は鎧を身にまとった騎士。手にはショートソードと円盾バックラーを持っている。

 しばし睨み合った両者は同時に駆け出し、お互いの武器をぶつけ合う。火花が散り、激突音が周りに鳴り響く。


「……朝から元気なこった。校則で禁止されてるのによくやるぜ」


 すこし見ていこうとも思ったけど、二人ともバトル経験が乏しいのかあまり面白い勝負になってない。

 まあプロでもなきゃこんなものか。これ以上見ても得るものはなさそうだと判断した俺は、遅刻する前に教室に向かうのだった。


◇ ◇ ◇


 教室には既にほとんどのクラスメイトが集まっていた。

 何人かの生徒は外のバトルを窓から観戦している。物好きな奴だ。

 俺は自分の席に座り、スマートリングを起動しようとする。すると前の席に座っている奴が振り返り話しかけてくる。


「よう空、お前は外のバトル気にならないのか?」

「興味ない。二人ともたいした実力じゃなさそうだし」

「へえ。ってことはお前結構リアオン上手いんだ。今度一緒にクエストやろうぜ」

「俺はゲームは一人でやる派なの。前も言っただろ」

「ちぇ、つれねえ奴だぜ」


 俺の数少ない友人、椎名はつまらなそうに言うと外のバトルを楽しそうに眺め始める。

 俺とこいつの席は窓側なので外の戦いがよく見える。ちなみに俺は窓側一番後ろの席だ、はじっこは落ち着くのでお気に入りだ。

 俺は椎名を無視してネットサーフィンし始めるが、そんなことお構いなしに椎名は話しかけてくる。


「にしても凄えよな。ゲームのキャラを現実世界に呼び出して戦わせることが出来るなんてよ。少し前まではラグとか音ズレとか凄かったらしいけど、今はそれもほとんどねえし」


 ナノマシン技術が発達した現代。ゲームの舞台は電子の海を越えて現実世界にも進出して来た。

 ナノマシンの力で現実世界に出力コンバートされたゲームキャラは、まるでそこにいるみたいに動く。もちろん完全に立体化したわけでなくホログラムみたいなものなので、触れば崩れてしまうが、キャラ同士であれば触れるし戦うこともできる。


 外で戦ってる二人の戦士も実際にその場にいるわけでなく、ナノマシンで再現されたキャラを生徒が動かしているのだ。


 今のところナノマシンで出力コンバート出来るゲームは『リアルワールド・オンライン』のみとなっている。

 リアオンはバトル要素がメインなので、多くの人が育てた自慢のキャラ同士を戦わせている。そのバトルは今や競技にまで発展し、e-sportsにRealisticの頭文字を付けて『Re-sportsリースポーツ』と今では呼ばれている。


 競技人口は年々増えており、Re-sports専門のプロゲーム選手も数えきれないほど誕生している。朝ニュースになっていたアイドルもRe-sports専門のプロゲーマーになるみたいだ。


「そういや空はリアルワールド・オンラインはやってるのにRe-sportsはやんないのか? もったいないぞ」

「俺はゲームが出来ればいいの。現実世界で殴り合うなんて喧嘩と同じだろ? ナンセンスだね」

「かーっ、もったいねえ。あんなに楽しいものを食わず嫌いしてるなんてよ」

「ゲームの楽しみ方は人それぞれ。押し付けるものじゃねえ」

「そうだけどよお」


 椎名は納得せずぶうたれる。

 まあこいつの言いたいこともわかる。


 世界的超有名ゲーム『リアルワールド・オンライン』通称リアオンは、元々超ハイクオリティVRゲームではあったが、世界的人気ゲームではなかった。

 しかしナノマシンによる現実拡張機能が実装されてからその人気とユーザー数はグングン伸びていき、今やそのユーザー数は十億人。世界中の人の十人に一人はやってる計算になる、観る専も含めたらその数は倍近くなるだろう。とんだ化け物ゲームだ。


 俺もゲーム自体は好きなのだが……Re-sportsは好きではない。なのでこの話題自体も好きじゃないのでとっとと話題を変えることにする。


「そんなことより他に面白い話はないのかよ」

「他に? うぅん……お、そうだそうだ。これは噂なんだがうちのクラスに転校生が来るらしいぞ」

「六月のこの時期に? それ本当なのかよ」

「ああ、なんでもすんごい美人だって噂だぜ。誰かが見たらしい」

「あほくさ。アニメじゃないしそんな転校イベントがあるわけないだろ」

「まーな。俺もあまり信じちゃいないさ。でも楽しみにする分はタダだろ?」

「……お前その能天気な性格が羨ましいよ」


 皮肉半分でそう言ったのだが、椎名は俺が褒めたと受け取ったらしく「そう? 照れるぜ」と嬉しそうに答えた。アホポジティブもここまで来ると本当に羨ましくなってくるな。

 人生というのは斜に構えるよりも少しくらい馬鹿になった方が楽しい、というのが俺の最近の気づきだ。とはいえ今更馬鹿正直には生きられない。一回斜めになった性根は多少叩いたぐらいじゃ真っ直ぐにはならないのだ。


「お、来たぜ」


 椎名が言うと、先生が教室に入ってくる。

 さあ今日も代わり映えしない学校生活の始まりだ。

 早く終わらせてゲームの続きがしてえな……などと考えていると、先生の後に続き一人の生徒が教室に入ってくる。


 ざわつく教室。

 女子だ。しかもとびきり美人の。


 銀色に輝くさらさらの髪を靡かせながら入ってきたその転校生に、俺含めクラスの全員が目を奪われる。よく美人を表現する時に『まるで人形のよう』などと比喩することがあるが、まさしくそれだ。

 彼女のまつ毛は俺の五倍は長く、目は切長でとても澄んでいる。

 すました感じで冷たそうな印象は受けるが、それを補ってあまりある顔面偏差値だ。一瞬でクラスメイトたちの心は鷲掴みにされ、みんなため息をつきながら転校徒に熱視線を送っている。


「えー、この子は今日からウチのクラスに転校してきた『銀城怜奈』くんだ。みんな仲良くしてくれ」

「みなさん、よろしくお願いします」


 クールな感じでそう言って彼女はぺこりと頭を下げる。その小さな仕草だけでクラスメイト達は心を射抜かれ胸を押さえ悶え苦しむ。騒がしい奴らだが……まあそうなる気持ちも分からなくない。


「な、言ったろ?」


 前を見れば椎名のドヤ顔。

 はいはい。お前が正しかったよ。


 しかし美少女転校生が転校してきたからといって、俺の人生が変わるわけじゃない。銀髪美少女とぼっちゲーオタに接点など発生し得ないからな。

 お互い関わり合うことなく卒業し、大人になって卒業アルバムを見返した時に『そういえばこんな子いたなあ』と振り返るくらいの関係で終わるだろう。


 銀城玲奈とは関わらないし、関われない。それが変わることない自然の摂理ってやつだ。


 彼女から視線を外し、ぼんやりと空を眺める俺はこの時知るよしもなかった。彼女が転校してきたことで俺の人生が大きく変わってしまうことなんて。

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