第28話 世界有数の⦅人材派遣機関⦆


 ◇◇◇



 平野部を進んでいくと、程なくして二人はフィリスに続く街道に出た。この辺りはよく陸路が発達しているので、野良の魔物の駆除が行き届いているのだろう。



 先程のリザードマンとの交戦以降、フィン達の前には魔物らしい魔物は現れていない。



「ふう、この街道を真っ直ぐ進んでいけばいずれ街に着くはずだ。もうそこまで警戒する必要もないだろう。」


 そう言ってフィンはセリエの方を見る。



「あら、残念ですわ。まだまだ貴方の隠している実力を見せていただきたいのに……」



 セリエは少し不満そうだ。とはいえ、今後のことを考えれば⦅念話⦆くらいは早めに覚えてもらった方がいいのかもしれない。



 前回の周回では…………ん??何故だかフィンはよく覚えていないが、前回の周回では、いつの間にかラミーが使える様になって⦅念話⦆だが、アレは割と相性というか、本来は少しコツが必要なものの筈なのだ。



 あんまりしつこくセリエに何か見せろとせがまれる様なら、次は念話それで行くかとフィンが考えていた時であった。




「あの人達は、何かしら?」 


 セリエが道の先にいくつかの人影を見つけた。彼等は騎馬に乗っており、兵士の格好をしている。



 どうやら向こうもフィン達の存在に気がついている様であり、騎馬を操ってこちらに近づいてきた。



「やあ、その出立ちは冒険者かな?私はキース。バルトリア帝国の、フィリスの街に駐留する騎士団の兵士だ。いまこの辺りの巡察をしていてね、君達は何か身分を示すものは持っているかい?」



 兵士達の代表であろう一人の若い男が、そう言ってフィンに声をかけてくる。



「ああ。俺はフィン、彼女はセリエだ。身分を示す物は、これくらいしかないな。」



 フィンはそう言って、キースと名乗る兵士に学園都市の卒業の証である指輪を見せた。



「おお、学園都市チェイズの卒業生だったか。それは将来有望だね。是非、我々の街に立ち寄ってくれ。城塞都市フィリスの名は、聞いたことくらいあるだろう?」



 キースは指輪を一目しただけで、随分と好意的な目をフィンとセリエに向けてくる。



「フィリスは大変有名な街だ。もちろん寄らせて貰うつもりだ」



 彼の問いかけに、フィンは無難にそう応えた。




「ああ、是非ともそうしてくれ。それと……できれば、街でゆっくりしていってくれれば嬉しいな。あの街は無骨な街だから、特に君の様な美しい人は大歓迎だ」



 そう言ってキースはセリエに対してキラキラとした眼差しを向ける。キースの容姿は兵士としてはかなり整っていて、その言葉使いにもどこか王子様然としたものが感じられる。


 若くして数人の兵士達を任されていることといい、もしかすると彼はちょっとした身分を持った人間なのかもしれない。

それでもメインNPCではないことだけはフィンは一目でわかっていたので、いきなり災厄の登場を危ぶむような必要はなかった。



 キースに美しいと言われたことにしばらくセリエは硬直していたが、なんとか気持ちを切り替えて口を開いた。



「……っな、私たちはただ⦅飛空──」



 セリエが答えかけるが、フィンは手でそれを制してその言葉を上書きする。




「ああ、ありがとうキース。是非そうさせて貰う」



 セリエは、彼女をキースから隠す様に伸ばしたフィンの腕をどの様に勘違いしたかはわからないが、顔を真っ赤に染めて悶えている。


 おそらく、セリエがキースにを使われる事を阻止した──つまり、私に気がある!とでも考えているのだろう。



 実際には、フィンの思惑は全く別のことに向けられていたのだが。



「そうか、君達はそういう関係なのかい?ふふ、これは失礼した。では、私たちはまだ巡回の任務があるのでね。また会おうフィン、セリア」



 そう言ってキース達は再び馬を駆けさせ、二人の元を去っていった。



「……ふう。なんだか随分とな方でしたわね」


 セリエはパタパタと手で顔を仰ぎながら、なんとか恥ずかしさを紛らわせようとしていた。



「ああ、指輪を見せたからな。コレを見せれば大抵の場所はお咎めなしで通過できるさ。なんたって、学園都市の卒業生はだからな」


 セリエの言葉に、フィンは笑いながらそう返した。

 


 実は学園都市チェイズは、中央大陸で最も権威のある⦅人材機関⦆であるとも言われている。



 それは卒業式典の後の最後の試験というか最初の試練というか、学園ダンジョンの転移門が完全にランダムな行き先になっている特性上、言わずもがな学園都市チェイズの卒業生が⦅シミュラクル⦆のワールドの様々な場所に、まさしく⦅神出鬼没⦆に、いきなり現れるためである。



 そしてそれはこの世界においてはある種のの様に捉えられている部分があるのだ。

 

 だから、卒業生が人材不足に喘ぐ小国の領土や戦争中の国の領内等に飛ばされた時には、優遇された条件の下で即戦力としてその土地の領主に抱え込まれる──なんてことも、決して珍しいことではないのである。



 そんな訳で、学園都市の指輪を嵌めた人間は多くの場合、そこがどんな街でも、誰が相手であっても好意的な対応を受けることになる。それは卒業生かれらがそのまま領内に残り、地元を発展させてくれるのではないかという願望にも似た期待によるものであった。




 フィン達が出会った兵士も、こちらが学園都市の卒業生だと知ってからは期待を込めた目で彼等を見ていたし、「時間の許す限り城塞都市フィリスで長く活躍して欲しい」というような趣旨のことを言ってきた。



 その言葉を受けてセリエは、自分達の目的が⦅飛空艇⦆を利用することだと言いかけたが、フィンはそれを手で制し、「ありがとう」と応えるだけに留まった。




 好意的な姿勢で接してくる人間に、わざわざ本当のことを伝えて落胆させる必要はないのだ。




 まして帝国は広い領土を持つ軍事国家であり、転生して間もない彼等はフィリスの政情についてよく知らない。


 そして、ゲーム時代のシミュラクルのクエストには帝国と周辺国の間に起きる⦅⦆に介入するという類のものも含まれていたからである。




 シミュラクルが現実になった以上、これからこの世界がどの様にバランスを取っていくのかは全くわからない。




 万が一帝国の領内に囲い込まれでもすれば、再び旅に出るためには相応の功績を挙げる必要に迫られるだろう。



 つまり、今は出来るだけ自分たちの目的を明かさず、何食わぬ顔で⦅飛空艇⦆に乗り込むことが一番なのだ。

 


 ◇◇◇◇◇◇


 

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