五百八十一話 一緒に休んで
……俺としては、落ち込んでいることを隠せているつもりだったけど。
もしかしたら、バレバレだったのかもしれない。
胡桃沢さんにも気づかれていたし、しぃちゃんもどうやら察していたようだ。
「よしよし……なでなでしてあげるから、元気を出して?」
しぃちゃんは背伸びして、俺の髪の毛をくしゃくしゃにするように頭をなでている。
その手つきと声があまりにも優しくて……不覚にも涙腺が緩んだ。
「……ごめんね」
「え? なんで謝っているのかしら……?」
気を遣わせてしまっていることが、申し訳ない。
そう思って無意識に出た謝罪の言葉を、しぃちゃんは小さく笑って聞き流した。
「もしかして、落ち込んでいることを謝ってるの? あらあら、幸太郎くんは相変わらず気遣い屋さんだわ……私は気にしてないから、大丈夫よ」
しぃちゃんはいつも通り、無邪気で愛らしかった。
過剰に心配しているわけでも、気を遣っているわけでもなく、あくまでいつも通りである。
「幸太郎くんがどうして落ち込んでいるかは分からないわ……聞いてもたぶん理解できないし、解決してあげられるほど頭も良くないし、そもそも聞くつもりもないの」
とはいえ、関心がないわけではない。
しぃちゃんは、やっぱり俺のことを思ってくれているわけで。
「でも、元気づけてあげることならできるわっ。頭をなでなでしてあげることも得意よ? おなかが爆発しそうになるくらい笑わせることだってできるわ。私、こう見えてお笑いのセンスも抜群だものっ」
はたしてはそれはどうだろう?
しぃちゃんのお笑いはちょっとズレている気がしなくもないけど、逆にそれが微笑ましくはあるので、そういった意味では間違いはないのかもしれないけど。
「だから……辛いときは、ゆっくり休んでいいわ。あなたが回復するまで、私はそばにいる。一緒に立ち止まって、休憩しましょう? ちゃんと私が元気にしてあげるから大丈夫よっ」
しぃちゃんは、俺の繊細で面倒な部分も受け入れてくれていた。
長所だけじゃなくて、短所まで理解して、愛してくれているのだ。
その優しさに、つい耐えきれず……不意に、涙が溢れそうになった。
「……ありがとう」
「いえいえ。いつも幸太郎くんには助けてもらっているもの……気にしないでいいからね? 私には迷惑をたくさんかけても大丈夫……だって『恋人』なんだからっ」
辛い時。苦しい時。俺はきっと、こうして落ち込んでしまうことだろう。
どんなことがあっても堂々とできるような強い人間じゃないのだ。そのたびに気を遣ってもらうのも、それはそれで疲れてしまう。
俺が、ではない。
落ち込んでいる俺を見ている相手が、いつか疲れを通り越して呆れてしまうと思うのだ。
だけど、しぃちゃんは違う。
俺が落ち込んでいても、気にせず接してくれる。
いつものことだと受け入れて、その上で一緒に休んでくれる。
それがすごく、ありがたかった。
……やっぱり、しぃちゃんと出会えて良かったと、心から思えた。
こんなに俺のことを思ってくれる女の子と、今後出会うことはないだろう。
「あ! 幸太郎くん、みてっ……花火がいっぱい!」
もうお祭りもエンディングを迎えているのかもしれない。
フィナーレと言わんばかりに打ちあがる花火の数と勢いが増えていた。
しぃちゃんはすっかり花火のとりこである。夜空を見上げてはしゃいでいた。
……良かった。おかげで泣いているところを、見られなくてすんだから。
申し訳ないけど、もう花火なんてあまり見えてはいない。
いや……このことですら、申し訳ないと思う必要もないのか。
今度、また一緒に花火を見ればいい。
思い出なんてこれからいつでも作れるのだから――。
そして、物語が幕を閉じる。
モブとメインヒロインのラブコメが、ついに終わりを迎えるのだ――。
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