四百十一話 クラス対抗スポーツ大会 その16

 視界の端にチームメイトがいる。

 前方から敵チームが迫っている。

 ここでボールを蹴ればチームメイトにパスが通る。

 彼にボールを託せばシュートを打てる可能性は高い。


 絶好のチャンス。

 0対0。スコアレスで硬直した試合が動くかもしれない場面。


 責任は重大。

 ミスをすればみんなから落胆されてもおかしくはない。


 こういう時、俺はいつも逃げていた。

 デメリットとか、ネガティブな可能性ばかり考えて、リスクマネジメントを優先していた。


 だからパスばかりしていた。

 責任を誰かに押し付けて、自分は関係ない傍観者であることを装っていた。


 でも、それはもう終わりだ。


(自分で行け!)


 心の声に従って、ボールではなく地面を蹴った。

 前への推進力に身を任せて、ドリブルで駆け上がる。


 こんな状況に至ってなお、俺の視界は広い。

 たぶんこれは『冷静だから』とか『落ち着いているから』とか、そういうことに関係なく俺の特性なのだろう。


 ずっと、他人ばかり見ていた。

 自分よりも他者ばかり優先して生きてきた結果、俺は普通の人間よりも視野が広いのかもしれない。


 それがサッカーという競技では活きた。


(打て!)


 ここだ。白線の中、いわゆるペナルティエリアに侵入すると同時に右足を振り上げる。


 相手チームの一人があと少しで俺に到達する。それよりも前に、俺は力の限りを蹴った。


(左だな)


 力んでいても、状況の判断はできている。

 キーパーの体重がわずかに右に傾いていることに気付いて、反対の方向を狙った。




 ――決まる。




 誰もがそう思っただろう。

 しかし、敵チームのキーパーが予想を上回る反射神経でボールへと飛びついて、ボールをポストの外に弾き飛ばした。


(あいつ、サッカー部のやつだな)


 うん、たぶんそうだ。

 動きが素人のそれとは思えない。


(なんだかんだ素人だからな。力の伝達が弱い)


 それもあるだろう。

 俺は部活動をやっていないから、体の動かし方はどうしても彼らに劣る。

 体格も平均的で、筋肉量も多くないから、最良の判断ができても完璧ではないのだ。


 そう考えてみると、竜崎のスペックはやっぱり異常だなぁ。

 帰宅部の俺と似たような生活をしているくせに、運動部にも負けない身体能力を持っている時点で、俺にはちょっと考えられなかった。


「惜しい! 中山、いいシュートだったぞ!」


 花岸がすぐに駆け寄って来てくれる。

 彼がパスをしてくれたからこそ、この機会が生まれた。花岸には本当に感謝していて、だからこそ申し訳なさも覚えていた。


「ごめんな、せっかくパスをもらったのに」


「気にすんなよ。あれは相手が上手いだけだろ……おい、お前サッカー部のレギュラーだろ! 手加減しろよ!」


 俺を通り過ぎて、花岸は敵チームのキーパーにクレームを入れている。ルール上、サッカー部でも防衛は参加可能なので、問題はないんだろうけど……素人の俺があのキーパーからゴールを決めるのは簡単じゃないだろうなぁ。


 まぁ、諦めないけど。


「……やるじゃねぇか」


 ゴールから離れて、元の自分がいたポジションに戻る。

 すると、竜崎がニヤリと笑って俺を見ていた。


「面白い。やっと、この状態のてめぇと戦える」


 好戦的に。

 嬉しそうに。

 それでいて、悔しそうに笑っていた。


「彼女のことじゃなくても、ちゃんと熱くなれるんだな」


 うん、もちろん。

 彼女を……しほを理由にしないと動けないなんて、それはあまりにも無責任すぎるから――

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