第三百八話 主人公性


 玄関で押し問答があったものの、結果的にはキラリが強引に龍馬の家に入ることによって、決着がついた。


「寒いのに中に入れてくれないなんて、りゅーくんは最低だな~」


「ちっ。今は話す気分じゃねぇって言ってんだろ……」


 言葉遣いもいつもより荒い。

 苛立っているようだが、しかし先程より拒絶の意思は弱くなっている。

 つまり、龍馬は気になっているようだ。


(アタシたちとこーくんのこと、知りたがってるんだね)


 注意深く龍馬の様子を探りながら、彼の部屋に入る。

 数ヵ月前までは毎日のようにこの部屋で遊んでいた。

 梓、結月と一緒に、龍馬を奪い合って過ごしていた。


 ……今にして考えると、不思議な日常を過ごしていたな――と、キラリは振り返る。


(どうしてあんなに、りゅーくんに媚びてたんだろ?)


 自分が自分じゃなかったみたいに、我を忘れていた。

 だけどもう大丈夫。


 前みたいに部屋に入っても、ちゃんと自我を保てている。


(どうしてあそこまで、りゅーくんがかっこいいと思ってたんだろ?)


 龍馬の部屋で、いつもキラリの定位置だったベッドに座る。

 一方、龍馬は座ろうともせずに立ち尽くしていた。


 その顔は、前のように自信に満ち溢れた感じではない。

 今は怒りに歪んでいて、お世辞にも『かっこいい』とは表現できなかった。


 ただただ、怖い顔をしていた。

 普通の女の子であれば、まともに龍馬の顔が見れないほどである。


「……お前も、俺をバカにしたいのか?」


 それから、唐突に被害妄想じみたセリフが吐き出される。


「中山みたいに俺を嘲笑いにきたのか? 俺の幼馴染を奪って、代わりにあてがった『おさがり』にも振られた俺を、バカにしたいんだろ!?」


 最低の言葉だった。

 キラリは自分が『おさがり』と表現されていることを理解して、大きなため息をついた。


「はぁ……そんなくだらないことに拘ってるんだ」


 小声の呟き声だった。

 以前までの龍馬なら「え? なんだって?」と聞き返すくらいの囁き声だというのに、しかし今の彼には届いているようで。


「くだらない? くだらないってなんだよ……くだらないわけ、ないだろ? 梓はあいつの義妹で、お前はあいつの親友で、結月はあいつの幼馴染だったんだろ!? それがくだらないわけないんだよ!!」


 そして、返される発言のおかしさを、キラリはちゃんと気付いていた。


(不思議だなぁ……前までのアタシなら、こう言われたらすぐに『ごめんなさい』って謝ってたはずなのに)


 とにかく龍馬に嫌われないことが大切だった。

 怒られたらすぐに謝るし、泣いて媚びてでも彼のご機嫌を取ろうとしただろう。


 だけど今は、そんなことやる気になれなかった。

 だって、間違っていることを肯定したところで、何も解決しない。


 たとえば今、キラリが龍馬に謝ったとしても……キラリは結局、龍馬に愛されることはないし、彼も彼女を愛することはないだろう。


 肯定して愛されるのなら、今まででその機会は何度もあったはずだ。

 それでも愛されていないのだから、つまりその行動は『無意味』だったということなのである。


「それが全部、くだらないって言ってるの」


 だからキラリは、いつもと違って反論した。


「過去の関係なんて、どうでもいいと思わない? 義理の兄弟でも、友人でも……幼馴染でも、どうでもいいじゃん。それよりも、今の『アタシたち』を見てよっ」


 結局のところ、こういうことなのだ。


「少なくとも、アタシとこーくんはただの『友人関係』でしかなかったんだよ? それなのに、アタシを『おさがり』って言ったよね? まるで、前にアタシがこーくんの所有物だったみたいな発言は、やめて」


 ――アタシを『物扱い』しないで。


 ――浅倉キラリは、男性にとっての装飾品なんかじゃない。


 ――ちゃんとした人間であり、感情があるんだから、それを無視しないで。


 それらの意味を伝えるためにも、キラリは龍馬を『拒絶』したのである。


 ……もう、竜崎龍馬は全肯定される人間ではなくなっていた。

 今まではご都合主義によって全てが片付けられていた。

 だけど今は、何もかもがうまくいかなくなっていた。


 つまり、竜崎龍馬はもう……『主人公性』を失っていたのである――

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