第百八十話 無意識の変化

 それにしても、しほはいったいどういう状態なんだろうか。

 いきなり変なメッセージで送ってくるあたり、様子がおかしい気がする。


「なんて送る? 霜月さん、おにーちゃんから連絡もらったら、喜ぶんじゃない?」


「そうだな……とりあえず、『元気か?』って聞いてくれ」


「はーい」


 慣れた手つきでスマホを操作して、梓が俺の代わりにメッセージを送ってくれる。

 すると、返信は数秒後に帰ってきた。


「はやっ」


「どれどれ? えっと……『やっと熱が下がった』のか」


 まだ元気になったわけではないみたいだ。

 何せ、あのオシャベリでかまってちゃんのしほが、数日間もの間沈黙していたのである。たぶん、スマホを触る気力もないくらいに体調が悪かったのだろう。


 ただ、回復はしているみたいだ。

 その証拠に、連絡が来た。それは素直に嬉しかった。


「『ねおき』らしいよ、おにーちゃん」


「……さっきの妊娠がどうのこうのって、夢でも見てたのかな」


 やり取りを続けていくうちに、色々と分かってきた。


「あ、またきた……今度は『ねむい』だって」


「そっか。やっぱり、万全ではないんだろうな」


 回復しかけているとはいえ、まだまだ休息は必要なのだろう。

 本当は言いたいことや聞きたいことがあったくさんあったけど、それは我慢しておくことにした。


「『お大事に』って送ってくれるか?」


「おっけー……送信、っと」


 それから、十秒ほど待ってみる。

 どうせすぐにくるだろうと思って画面を眺めていたら、予想通り即座に通知が届いた。


 画面には。こんな言葉が書かれていた。


「『早く会いたい』……って、なにそれ。梓、おにーちゃんの恋愛に巻き込まれて、恥ずかしいんだけどっ?」


 俺に向けられたメッセージだけど、身内である梓はそれを見て気まずそうにしていた。


「『俺も会いたいから、ちゃんと休んでくれ。おやすみ』って送っといてくれ」


「うぅ……せめておにーちゃんも恥ずかしそうにしてよっ。梓だけ意識してるみたいで変な感じだもん」


 と、なんだかんだ言いながらも、梓はお願いした通りに動いてくれる。

 そういうところは、素直でかわいかった。


「はぁ……『おやすみ』だって。これでもう終わりだね? もうっ、あんまり梓は巻き込まないでね?」


「ごめんごめん。でも、ありがとうな」


 久しぶりにしほとコミュニケーションが取れて、嬉しかった。

 その感情が、顔にも出ていたのだろう。梓は俺の顔をジッと見てから、安堵したように息をつく。


「まぁ、いいや。おにーちゃん、ちょっとは元気になったみたいだし……落ち込んだりしたらダメだよ? なんか、心配になっちゃうから」


 その言葉にも頬を緩める。

 梓の優しい気遣いが嬉しくて、無意識にその頭を撫でていた。


「心配かけて、ごめんな」


 そう言った、直後のことである。

 梓は俺の言動に、驚いたように目を大きくした。


「あれ? おにーちゃんって……そんなに、スキンシップする人だっけ?」


「――え?」


 言われてから、気付いた。

 そう言えば今日は、やけに梓に触っている。


 背中をさすって、頭をポンポンと叩いて、撫でた。

 そんなこと、今まではめったにやらなかったというのに……。


「あ、別にイヤってわけじゃないよ? でも、なんか……不思議だなぁって、思っちゃった」


「……いや、うん。そうだな、次から気を付けるよ」


 慌てて手を離して、自分の手を見つめる。

 動揺していた。こんなにも気軽に他の女の子に触れるようになっていたのかと、恐怖さえも抱いていた。


 自分で言うのもなんだけど、俺は他人と距離感をとるタイプの人間だ。

 少なくとも、気軽にスキンシップをとるような人間ではなかったはずなのに……これもまた、主人公になって変化した一面なのだろう。


(こんな自分でいるのも……あと二日だけだからっ)


 きっと、元通りの日常にさえなれば、また以前の自分に戻れるはず。

 そう信じて、そのことに関してはもうあまり考えないようにした。


 そうでないと、しほへの罪悪感に押しつぶされそうだったのだ。

 あの子は俺が他の女子に触れることを嫌がるのだ。今後はより一層、気を付けないといけないだろう――

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