第百四十四話 新ヒロイン

 竜崎が戻ってきた。

 文化祭以降、一カ月半にも渡って休み続けたあいつは、やっぱり学校に来ても相変わらずモブキャラのままだった。


 感情を失ったかのように無表情で、ぼんやりと虚空を見つめている。

 そんな竜崎に周囲のヒロインたちも戸惑っている。特にキラリは頭を抱えて悩ましそうに呻いていた。


 梓も遠目にではあるが竜崎を見て、ショックを受けたように呆けている。変わらないのは結月だけだった。


 いつも献身的な彼女は、竜崎がどんなに変わっても受け入れてしまうのだろう。だけどそれが良いこととは思えない。


 ダメになった人間を受け入れてしまっては、更生する余地がなくなる。

 このままでいいんだ――と竜崎が現状に甘えてしまっては、何も意味がない。今の状態のあいつが、ヒロインたちを幸せにできるとは思えなかった。


(竜崎のラブコメは、本当に終わったのか……?)


 メアリーさんとの一件で、なんとなくそう感じてはいたのだが。

 改めて、実感する。


 いや、でも……まだ何かあるはずだ。

 だって、ここで終わっては誰の思いも報われない。

 少しでも可能性があるとすれば、結月だけど……あの子と今の状態の竜崎が結ばれたとして、果たして幸せになれるのかどうか。


 それも怪しいくらいに、竜崎は終わっていた。


(また、テコ入れがあれば、もしかしたら竜崎も復活するかもしれないか……)


 前回にその役割を担ったメアリーさんは、逆に竜崎を追い詰めたけれど。

 そろそろ、竜崎の味方になるような新ヒロインが登場しても、おかしくない――そんなことを考えていたら、やっぱり現れてくれた。


「おはようございま~す……あっ、竜崎君も登校したんですね~。それはとてもいいことですけれど、もう一個嬉しい情報がありますよ~」


 鈴木先生がやってきたかと思ったら、すぐにその後ろから一人の女子生徒がやってきた。


「「「――っ」」


 その瞬間、教室が一気に静まり返った。

 まず一番初めに思ったことが『ピンク?』だった。きっとそれはみんなも同じだろう。


 だって、彼女の髪の毛はピンク色だったのである。瞳は赤色で、髪形はツインテール。身長は小さくて、体系はスレンダーだった。スタイルはしほに近いだろう。


 かわいいことは間違いない。しほやメアリーさんほど飛びぬけてはいないが、少なくとも容姿のレベルはキラリや梓に匹敵する。


 しかしその奇抜な髪色のせいで、かわいいという印象が霞む。

 ただ、彼女自身は髪色について気にならないらしく、平然としていた。


 ムスッとした表情はどことなく不機嫌そうにも見える。目じりも吊り上がっており、まるで誰かを睨んでいるようにも見えた。


「あ、まだ入ってきたらダメですっ。サプライズで紹介しようと思ったのに~」


 間延びした声で怒る先生だが、そんなこと気にせずにピンク色の少女は黒板に名前を刻む。


「……胡桃沢くるり」


 それだけを言って、彼女はぺこりと頭を下げた。

 もしかして自己紹介のつもりだったのだろうか。不愛想にしても、言葉が足りないような気がする……クラスメイト達も困惑の視線を彼女に送っていた。


 しかし、やっぱり彼女はクラスメイトの視線など気にせずに、堂々としている。今は億劫そうに先生を睨んでいた。まるで『早く座らせろ』と言わんばかりである。


「え、えっと……そういうことなのでぇ、胡桃沢くるりちゃんですよ~。急ですけれど、ご両親の仕事の都合で転校してきました~。みんな、仲良くしてあげてね~」


 鈴木先生が、胡桃沢さんの代わりと言わんばかりに言葉を継ぎだしている。しかし彼女はそれを嫌がるように唇をへの字に曲げていた。


「別に、仲良くしてほしくないんだけど?」


 不機嫌そうにそんなことを呟く彼女に、鈴木先生は肩をすくめた。


「……はいはい、ごめんね~。そういうことなので、仲良くしないでくださ~い」


 あ、めんどくさがっている。

 職務にあまり熱を入れないタイプの先生は、手早く匙を投げていた。


 まぁ、気持ちはわかる。結構、難しそうな少女だと思った。

 でも、このタイミングでの登場は……何らかの意図を感じる。きっと彼女は、普通のキャラクターではないのだろう。


(やっぱり竜崎のラブコメは、終わってないのかっ?)


 まだ確実ではないけれど……もしかしたら胡桃沢さんも、メアリーさんと同様にテコ入れのためのキャラクターなのかもしれない。


 そろそろ、竜崎を復活させるようなタイプのヒロインが出てくると思っていたのだ。きっと彼女がそうなのだろう。

 そうでないと、あいつのラブコメが成立しないのだ。


 竜崎のことなんて、大嫌いだけど。


 それでもやっぱり、あいつでなければダメだというヒロインたちのためにも……どうにか、復活してほしかった――

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