第百話 ヤンデレ大爆発

 演技に関してはかなり不安だったのだが、やってみると意外にできてしまった。


「中山さん、お上手ですね……なんだか意外です。あ、失礼しました。大人しいイメージが強かったので、人前でスラスラとセリフが言えるなんて、びっくりです」


 監修をしてもらっている仁王さんにも褒められたくらいである。中立役の彼女は真実しか言葉にしない。だから褒められて素直に嬉しかった。


 今まで、何者でもなかったせいだろうか。キャラクターがなかったので、他の人間よりは簡単に役に入ることができるのかもしれない。それに、モブキャラだったので、与えられた役割をこなすのは得意だ。


 そんなこんなで、演技の練習も始まった。

 自然、メアリーさんとのやり取りも増える。おかげで練習中は竜崎の態度がずっと悪かった。


 意中の女の子が俺と話していると、気が気ではないのだろう。

 ハーレム主人公様の性質として、普段は女の子に鈍感だが、いざ他の男に奪われそうになった途端に独占欲を発揮する――というものがある。


 まさしく今、竜崎はその状態だ。

 そしてメアリーさんは、竜崎の嫉妬心を理解した上で俺と話している。そのせいで竜崎はとても焦れったい思いをしてるだろう。


 あいつはもう、メアリーさんの術中にはまっている。他のサブヒロインのこともおざなりになっていて、結月やキラリは放置されがちだ。


 ……まぁ、献身的で意思表示することの少ない結月は、放置されても苦ではなさそうだが。

 しかしキラリは露骨に不満そうである。以前、本屋さんで会って以降、俺にも話しかけなくなったし……最近は一人でいることも増えたように見える。


 いったい彼女は何を考えているのだろう?

 その答えは分からないが……今のところは、キラリもまたメアリーさんの思惑通りに動いていた。それが少し不安だが、俺にはどうしようもないので、考えていても仕方ないか。


 一方、物語の外にいる梓はとても穏やかな日々を過ごしていた。

 劇でもおしゃべりなティーポット役を任されて、やる気満々だ。衣装係にティーポットの着ぐるみをもらってはしゃいでいる。


「うわぁ、かわいいっ。これ手作り? すごいねっ」


 最近は随分明るくなって、クラスメイトの女子とも仲良くなっていた。竜崎ハーレムにいた頃は、ハーレムメンバーとしか話さなかったけど、いい兆候だと思う。視野が広がって、色んなことが見えるようになったのだろう。人間関係も広がっていた。


 このまま普通の女の子になってくれたら、兄としては嬉しいんだけど……将来のことなんて、誰にも分からないか。


 ――と、文化祭まで残り二週間に迫って、少し慌ただしくなった毎日を過ごしているわけだが。


「むぅ……っ!」


 ここ最近、放課後はずっと演劇の練習に時間が割り当てられている。

 おかげでしほとはなかなか遊べなくなった。


 だけど、彼女は俺が練習している間、ずっと教室に残っていた。

 しかも教室のすみっこから、何やら不満そうな顔で凝視しているのだ。


(な、なんだ? 俺、何かしたのか???)


 正直、理由が分からなかった。

 練習中は終始ふてくされているくせに、いざ帰るときになって声をかけたら、彼女は途端にはしゃぐ。だから何が不満なのかまだ聞けずにいた。


 まぁ、大したことがない問題なら、スルーしてもいいかなぁ……なんて思っていたのだが、今日になってついに不満が『爆発』したようで。


 放課後のことだ。今日は練習が長引いて、18時を過ぎていた。

 しほは門限が19時なので、残念ながらあまりお喋りをする時間もなく、すぐに別れることになった。


「しほ、また明日な? アニメばっかり見てないで、宿題はちゃんとやるんだぞ?」


 家の前まで送って、手を振る。

 そのまま帰ろうと思って背中を向けたのだが。


「ぐぬぬぬぬぬっ」


 しほは俺のベルトを強引に掴んで引き留めてきた。


「ぐぇっ」


 おかげでお腹が圧迫されて、変な声を漏らしてしまう。

 な、なんで? なんでそんなに、怒ってるんだ?


 意味が分からなくて混乱していると、しほはようやくその理由を教えてくれた。


「ずるいわっ! メアリーちゃんとばっかりおしゃべりしてっ……し、しかも、『愛してる』とか『君が大切だ』なんて言うなんて、ダメよっ」


 ――彼女は、嫉妬していた。

 メインヒロイン役のメアリーさんに、やきもちを妬いていた。


 って、いやいや。それはおかしくないか?


「お、応援してくれたのに? 俺を主役にしたのは、しほなのに???」


 だって、ゴリ押しで俺を主役にしたのは、君だ。

 いや、彼女の愛がちょっと重たいのは前から自覚している。だけど、彼女はそれを理解した上で、応援してくれたと思っていた。演技だったら他の女の子と話していても大丈夫なのだと、考えていた。


 でもしほは、かなりのポンコツなわけで。

 どうやら、何も考えていなかったようだ。


「そ、想定もしていなかったわっ……ただただ、幸太郎くんのかっこいいところが見れると思っただけで、他の女の子とあんなにイチャイチャするなんて思わなかったもんっ! うぅ、これは浮気よ……最近はあんまりお話もしてくれないし、もしかしてこれが『停滞期』かしら? ダメよ、私はまだまだ熱々なのよ? 幸太郎くんの隣にいるだけで未だにニヤニヤしちゃうのよ? こんなにかわいく幸太郎くんのことを思っているんだから、もっともっとかまってくれないの? 門限はあるけど、だったらあなたがうちに来ればいいじゃないっ! ほら、だから行きましょう? 今日はたっぷりとお説教よ? 幸太郎くんには、私のお友達としての自覚が足りないわっ」


 なんだか、こういうのも久しぶりな気がするなぁ。

 俺は半笑いしながら、しほにずるずると引きずられる。


 ……まぁ、いいや。

 話し足りないと思っていたのは、俺も一緒だし。


 しほにならお説教されるのも、ある意味ではご褒美だ。

 だってこの子は、何をしていてもかわいいんだから――


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