第六十八話 しほちゃんは妹になりたい

「えっと……そろそろ、上がってもいいか?」


 このままだといつまでも二人の喧嘩が終わらない気がしたので、強引に会話を打ち切った。


「しほ、続きはリビングでやってくれ」


「うふふっ。そうね、ついつい妹のあずにゃんがかわいすぎてからかっちゃったわ♪ この子、さっきまでは仏頂面で、リアクションもとっても薄かったのよ? でも、幸太郎くんが来てからなんだか元気になったみたいで、良かったわ」


「ち、ちがうっ……そんなことないよっ。梓は、いつも霜月さんにはこんな感じだもん」


「霜月さんじゃなくて『おねーちゃん』って呼びなさい?」


 ……もしかしたら、しほは梓を元気づけようとしていたのかもしれない。

 竜崎との一件以来、梓はとても落ち込んでいた。元気もなく、毎日ぼんやりしてばっかりだったのだが、しほに話しかけられるようになって以来、表情も明るくなっている気がする。


「うぅ……もういいっ」


 結局、梓は何も言い返せなくなって、逃げるようにリビングに向かっていった。ふぅ……ようやく靴を脱ぐことができる。


 梓を追いかけるように、俺としほもリビングへと向かう。


「幸太郎くん、お勤めご苦労様っ。夏休み明けなのに、よく学校なんて行けたわね……うん、偉い偉いっ♪ 私なんて学校があったことも忘れていたくらいなのに、幸太郎くんはとてもしっかりしているわっ」


「……どっちかと言うと、しほがだらしないんだと思うんだけどなぁ」


 俺は別に普通なのに、こんなことで評価を上げないでほしい。

 ポンコツ少女は、いつもどこでもポンコツである。言動には品があっていかにも頭が良さそうな雰囲気を発しているのに、なんでこんなに……おバカ、じゃない。少し、あれなんだろう?


 でも、そういうところもしほの魅力ではあるんだけど。

 ポンコツなところもご愛嬌――ということにしておこうか。


「それで? おにーちゃん、おやつは? 買ってきた?」


 リビングに到着するや否や、ソファに座った梓が片手を出してお菓子を要求してきた。彼女は最近、甘い物を大量に欲しがっている。ストレス発散なんだろうけど、うーん……体にはあまり良くないと思うので、ほどほどにしてほしかった。


「一応、買ってきたけど……」


「わーい♪ ありがとう……って、うぇ~。なんでスルメとか酢昆布とかなのー? 私、お酒なんて飲まないから、おつまみは要らないのにっ」


「……さすがにお菓子を食べ過ぎだぞ。お腹が空いたのなら、ちゃんとごはんを食べてくれ」


「むぅ……反論できない」


 なんだかんだ言いながらも、梓はちびちびとスルメをかじっていた。木の実をかじる小動物みたいである。


 ――と、そんな兄妹としての一連のやり取りを見ていたしほは、いきなり俺の手をギュッと握ってきた。

 そのほっぺたは、ハリセンボンみたいにパンパンに膨らんでいた。


「浮気はダメっ!」


「……これもアウトかぁ」


 ただ、買い物をしてきてだけだし、会話も兄妹としては普通だっだと思うのだが、しほの認識では浮気に分類されるようだ。


「というか、あずにゃんはずるいわ……おにーちゃんをこき使うなんて、妹の特権を振りかざして、私に見せつけているのかしらっ。わ、私だって、やろうと思えば幸太郎くんに足をなめさせることもできるんだからね!」


「な、なんで張り合ってるの? おにーちゃん、この人なんか梓に対抗心むき出しだよっ!?」


「ほら! ほらほらほらほら! またすぐにおにーちゃんに頼る! それがずるいのよっ……ま、負けてられないわっ。決めた、幸太郎くん? 私も今日はあなたの妹よっ。あずにゃんに、格の違いを見せてやるわっ」


「なんで!? ねぇ、なんでこの人は梓を目の敵にしているのっ!? おにーちゃんは別に梓のものじゃないし、独占もしてないのにっ」


 ……ごめんな、梓。

 しほはちょっと、愛情深いだけだから、うん……たぶん、梓のことをライバル視しているんだと思う。


 まぁ、さすがの俺でも、本物の妹に妹の度合いを張り合ってくるのは予想外だったけど。


 申し訳ないが、ちょっとだけ付き合ってくれ。

 きっとしほも、少し妹気分を満喫したら、満足してくれるはずだから――

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