第四十九話 負け犬

 ――振り返ってみると、かつての俺はまるで主人公みたいだった。


 幼馴染の結月とは家が近所で、幼いころからずっと一緒にいた。

 小学生の頃には、クラスメイトになったキラリととても仲良くなって、まるで同性の親友みたいに遊んでいた。

 中学生になると、片親だった母が結婚して義理の妹もできた。梓とはそれから三年間は本当の兄妹みたいに過ごしていた。


 だから、三人は俺にとって特別な存在だった。

 きっと、将来はこの子たちの誰かが人生のパートナーになって、一生を一緒に過ごすのだと、思っていたくらいには……特別な思いを抱いていた。


 こんなに魅力的な三人と親しかったのである。

 普通ではありえない幸運の持ち主だ。

 きっと俺は、主人公だ――と、勘違いしてもおかしくないと思う


 別に、三人とは何か特別なきっかけがあったわけじゃない。


 結月はたまたま近所に住んでいただけだし、キラリはたまたまクラスメイトになっただけだし、梓はたまたま母が再婚した相手の子供だっただけだ。


 運命的な出会いはなかったが、それでも三人が特別であることに変わりはない。そして三人も、きっと俺のことを特別に見てくれていると……そう、思っていた。


 でもそれは、俺の勘違いだった。

 彼女たちと出会ったのは、『運命』ではなくただの『偶然』でしかなくて。


 彼女たちにとっても、俺はただの『他人』でしかなかったらしい。


 つまり、特別な感情を抱いていたのは、俺だけだったということだ。


 高校の入学式、竜崎龍馬というハーレム主人公の物語が始まった瞬間に、俺は自分の勘違いに気付いた。


 おめでたいことに、三人が竜崎龍馬に見初められたのだ。

 彼と出会い、彼女たちはその時に初めて、『本物』の主人公と出会ったのである。


 そして同時に、彼女たちは気付いた。

 俺が仮初の『主人公』だったことを、察してしまったのだ。


『おにーちゃん……あのね、もしかしたら、梓の本当のおにーちゃんは、龍馬おにーちゃんかもしれないの』


 義理の妹にはそう言われて、兄であることの存在意義を失った。


『幸太郎さん……わたくし、運命の人に出会ったかもしれません。初めて、自分の全てを捧げたいと思う人に、出会いました』


 幼馴染にはそう言われて、俺は彼女にとって仲のいい男子ですらなくなった。竜崎に夢中になった彼女は、やがて俺のことを忘れるようになった。


『こーくん、ごめんね? あたし、好きになった人がいるの。彼に好かれるためなら、なんでもやるよ……今までのあたしを殺してでも、あたしはあの人の好きな人になりたいからっ』


 大親友だったキラリは、竜崎に好かれるために自分という人格さえも犠牲にした。髪を染めて、カラーコンタクトを入れて、口調を変え、性格も捻じ曲げた。


 彼女は俺の大親友だった浅倉キラリではなくなった。赤の他人の浅倉さんになってしまった。


 つまり俺は、同じタイミングで特別だった三人を失ってしまったのである。


 主人公にしてはありえないほどの転落劇。

 物語の都合にしても、残酷な結末だ。


 ……別に、恋をしていたわけじゃない。

 好きか嫌いかで言えば好きだったけど、彼女たちに下心を抱いていたとか、そういうことじゃないという意味だ。


 女の子だから、かわいいから、付き合いたいから、特別に思っていたわけじゃない。

 ただ、大切だったから、特別だと感じていただけだ。


 できるなら、もっと仲良くなりたいとは思っていたけれど。

 おこがましいけれど、理想を言っていいのなら……三人のうちの誰かと付き合えたらいいなぁと、思っていた。


 でも、最悪な場合……俺じゃない人と結婚しても、それはそれで仕方ないし、幸せになってくれれば、それでいいとも考えていた。


 だけど、そんな思いを抱くことすら、彼女たちにとっては邪魔な存在だったようで……俺という存在は、竜崎という色で塗りつぶされてしまった。


 こんなの、主人公じゃありえない。

 だから俺は、自分をこう思ったのだ。





 まるで、モブキャラみたいだ――と。





 そう考えてみたら、色々とスッキリした。

 自分を主人公だと勘違いしていたから傷つくのであって、モブキャラだと受け入れてしまえば、心にゆとりが持てた。


 裏切られても、失望されても、期待が外れても、それは全て仕方ない。

 だって俺はモブキャラだから、そんなの当然である。


 そうして、俺は自分のことをモブキャラだと認識するようになった。

 全ての物事に対してメタ的な視点で考えるようになり、報われない自分を強引に納得させてきた。


 でも、本音を言うのなら……俺だって、主人公になりたかった。


 別に、なりたくてモブキャラになりたかったわけじゃない。

 竜崎……だから、おまえは負け犬じゃないよ。


 負け犬は、俺だ。

 自分のことを主人公だと勘違いしていた哀れなモブキャラが、負け犬じゃなくて何だと言うのだ――

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