第二十九話 『幼馴染』というポジションにあぐらをかいていたら
うちのクラスの席替えはいたって普通だ。
それぞれの席に番号を割り振って、くじで引いたその番号の席になる、というものだ。
ただ、普通にくじを引いては、謎の運命力によって霜月は竜崎と離れることができない。幼馴染という腐った縁が二人をガッチリと繋いでいるみたいなのだ。
それを断ち切るために、今回彼女は『不正』をすることにしたらしい。
くじ引きの作成を依頼されたこの機会を逃すわけにはいかない、と判断したのだろう。
昨日、こんなことを言っていた。
『くじ箱の上面四隅にくじを貼り付けておいたのっ。うふふ、これで竜崎君対策はバッチリなはずだわ!』
不正の内容としては、こんな感じだ。
教室を四分割して、仮に竜崎が左後ろの席に座ったとしよう。その時、俺はくじ箱の右前上面からくじを取ってほしい、と言われていた。
くじ箱の四隅上面にはそれぞれ二枚ずつくじを貼り付けているらしい。箱の右後ろ上面のくじは、教室の右後ろ――というように連動しているみたいだ。
『もしくじを引いたら、他の隅っこのくじは全部払い落としてね? ノリで軽くくっつけているだけだから簡単に剥がれるし、たぶんバレることもないわっ』
……まぁ、こんな席替えで不正するなんて誰も思っていないだろうし、バレることはないと思う。
仮にバレたところで、大した問題にもならないだろう。せいぜい、担任の鈴木先生が呆れるだけだろうなぁ。
たかが席替え一つでこんなに細工するのは霜月くらいだ。
でも、これくらいやらないと幼馴染という腐れ縁を断ち切れないというのだから、それはそれで恐ろしいものだ。
と、そんなことを考えていたら、すぐに朝のSHRが始まった。
「はーい、みんなおはよう……おっと、霜月しほさん、遅刻ギリギリだね~。本当はアウトだけど、まぁ数秒だしセーフにしてあげる~」
ちょうど、先生が来るとほぼ同時に霜月がやってきた。その手にはくじの入ったと思われる箱を抱えて居る。
珍しく今日は時間ギリギリだった。
「…………っ」
人見知りなので声を上げることはできないが、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。無表情なので一見すると平然としているように見えるけど、実は緊張のあまり表情が強張っているだけだと、俺は知っている。
彼女と仲良くなって、色々なことが分かるようになった。
霜月は無感動でも不愛想でもなく、単純に人見知りが激しくて人間関係を苦手とする、ポンコツなだけである。
「はい、じゃあ早速だけど席替えしちゃうね~。霜月さん、くじは作ってくれた?」
「…………はい」
鈴木先生に声をかけられて、霜月は抱えていた箱を差し出した。
「うん、ありがとう。それじゃあ、出席番号順に取りに来てね~」
鈴木先生は、まさか不正されていると思わずに席替えを始める。うちの出席番号は五十音順ではなく住所で決まっているので、俺は竜崎よりも後に番号を引くことになっていた。
「しほ、どうしたんだ? 遅刻しそうになってたけど、何かあったのか?」
「…………べつに」
竜崎は相変わらず霜月に絡んでいたけど、一方の彼女は鬱陶しそうだ。視線すら合わせずに黒板をジッと見ている。
「何かあったら言えよ? 幼馴染なんだから、遠慮すんなっ? 今日は席替えだけど、どうせいつも俺たちは近くだしなぁ……不思議だな」
「…………」
爽やかに笑いかけられても、霜月は知らん顔をしている。
本当に嫌そうだ……それも今日までだから、と我慢しているのだろうか。
そして、霜月と近くになれないと分かった竜崎の顔も、楽しみである。
「はい、竜崎さんもくじを引きに来てくださーい」
「ああ、分かった。今行くよ、鈴木ちゃん」
「もうっ。先生なのにちゃん付けで呼んだらダメだよ~」
竜崎がくじを引く。どこになるのかと見守っていると、あいつはなんと中央の席に自分の番号を書いた。
恐るべし運命力だ。
不正されて隣同士にはなれないが、可能な限り霜月に近い位置の席になった。中央なら、四隅に対して一番近い場所である。
(あの場合、どうなるんだろう?)
霜月はくじの作成者ということで、一番最後にくじを引くことになっている。これが一応の不正防止対策なのかもしれない……なので、まぁ俺が選んでもいいのか。
どうせだし、右後ろにしようかな。
今の俺の席の場所である。ここなら彼女に太陽の光が当たらないからいいはずだ。
「じゃあ、中川……じゃなかった。中山……さん?」
鈴木先生が俺の名前を呼ぶ。たぶん、担任だけどあの人は影の薄い俺のことを覚えていない。先生に覚えられていないのは慣れているので、なんとも思わなかった。
前に行って、教壇に置いてあるくじ箱に手を入れる。
右後ろ上面のくじを一枚とって、それから後の三隅のくじを払い落とした。
(まずいな……思ったよりも時間がかかった)
ごそごそしている、と思われているだろう。
ただ、鈴木先生はニコニコと笑っていたので、不正をしているとは思われていないのは幸運である。
「あらあら? そんなに一生懸命まさぐるなんて、よっぽど席替えを楽しみにしていたのかな~?」
……勘違いされているけど、まぁいいか。
「はい。そんな感じです」
淡々と言葉を返して、先生にくじを見せる。
もちろん場所は、教室の右後ろ……ではなく、一つ隣にずれた。じゃあ、計画通りに行ったら、今の俺の席に霜月が座ることになりそうだ。
「…………ん?」
ただ、竜崎が怪訝そうな顔をしていたのが、引っかかったけど。
まぁ、バレてはいないだろう。そう願っておく。
「はい。じゃあ最後に、霜月さんどうぞ~」
そして霜月がくじを引いた。
最後とはいっても、欠席者がいるので席は三つほど空いている。一つはなんと竜崎の隣で、何かが間違ったら霜月は再び腐れ縁で結ばれてしまうのだが……今回は、不正という力技の方が勝ったようだ。
「はい、右後ろね~。じゃあ、これで後は欠席者の分を引いて……っと。これで終わりかな?」
霜月が、俺の隣に来た。
「なっ!?」
その時、一番驚いていたのは竜崎だった。
目を見開いて、身を乗り出すように黒板を睨んでいる。
「ま、マジか……!」
驚愕の様子を見ながら、思わず笑いそうになった。
ああ、ダメだ……自分が醜くなっていくのが分かる。でも、黒い感情が心を満たして、笑わずにはいられなかった。
何もかもが、お前の思い通りになるなんて思うなよ?
主人公様が思っているよりも、メインヒロインはお前のことが嫌いみたいだからな――
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