第十二話 偶然な遭遇は主人公様の特性
昼食を食べ終えても、霜月はまだまだ語り足りなさそうだった。
俺は終始聞いているだけで、たまに相槌を打ったりしているだけなのだが、彼女の話は不思議な魅力があって、つい聞き入ってしまう。
芸人さんみたいに、フリやオチがあるわけじゃない。
かといって、内容が突拍子のないというわけでもない。
なんというか、霜月の話には彼女の感情がたくさん含まれている。とりとめのないことに対して、何を感じたのか、どんな感想を抱いたのか、そういったことを彼女は鮮明に語るのだ。
聞いていて飽きないのは、そういう理由だからかもしれない。
このまま、お昼休みが終わるギリギリまで霜月の話を聞いているのも悪くない……と、思っていたのだが。
「――っ」
不意に、霜月が口を閉ざした。
小さな耳をピクピクと動かしたかと思えば、途端に彼女は表情を消した。
透明な顔色で、霜月は小さな声を囁く。
「嫌な音がするわ……私がこの世で一番、苦手な音」
その時、俺は彼女が何を言っているのか分からなかったけれど。
十数秒後、ひょっこりとやってきた人物を見て、発言の理由を悟った。
「ごめんね、龍馬おにーちゃんっ。こんなところに呼び出して……」
「いいけど、どうしたんだ? まだお昼の途中だから早くしてくれよ? 結月が作ってくれた弁当、美味しかったから食べたいんだ」
校舎裏に突然やってきたのは二人組の男女だった。隅っこで座っている俺達にはまだ気付いてないようで、二人は向き合って何かを話そうとしている。
彼らは、俺のよく知っている人物だった。
一人は、義理の妹である中山梓。
そしてもう一人は、俺が嫌いな奴で、霜月が心の底から苦手としている人物だった。
「竜崎龍馬……」
思わず、彼の名前を呟いてしまった。
黒髪黒目で、中肉中背の、特徴としては俺とさして変わりない男だ。ただ、圧倒的に華があって、オーラがある。自分に対して絶対的な自信のある人間にしか出せないオーラだ。
「ん? なんで中山がここに……って、おいっ!」
そして彼はこっちを見て、彼女がいることを知った途端、血相を変えた。
「しほ……お前、中山と何をしている? 二人きりで、何かあったのか?」
彼が好意を持つ霜月しほが、男と並んで座っていたからだろう。
女という女に好かれてきた竜崎が愛している女の子が、モブキャラみたいに影の薄い男と二人きりなのだ。きっと、色々な感情が沸き起こっているに違いない。
「タイミングが悪いわ……はぁ、つまんない」
竜崎がこっちを認識した途端に、霜月はため息をついた。
彼らに聞こえないような声をうんざりしたように吐き出すと、彼女はさっさと自分の弁当を片付け始める。
「中山君、帰ろう? あの人の音は、聞きたくないわ」
ああ、そうだな。
俺も帰りたいけど……たぶんだが、竜崎はそれで納得しないと思うんだ。
そしておそらく、このまま帰ってから詰問されることになるのは……俺じゃなくて、霜月だろう。
その証拠に、竜崎は霜月をまっすぐ見ている。
何かを聞きたくて仕方ない、という顔をしていた。
それは、あまりにも可哀想だ。
霜月しほという女の子は、竜崎を苦手としている。
感情豊かで、おしゃべりが好きなのに、竜崎が隣にいると氷みたいに冷たい無口な少女になってしまうくらい、竜崎を嫌悪している。
彼女にはあまり負担をかけたくなかった。
俺と友人になったばっかりに辛い思いをしてほしくない。
だから俺は、首を横に振ったのである。
「いや、ちょっと竜崎が話したそうだし……残るよ。先に帰っててくれ」
そう伝えると、霜月は少しだけ目を大きくした。
「……たまに、中山君が不思議になるわ。普通の男の子みたいだけど、普通じゃない音が聞こえる……うふふ、素敵だわ。分かった、じゃあ先に帰ってる。また後で、いっぱいおしゃべりしてね?」
それから、小さな声ながらにたくさんの言葉を残してから、霜月は立ち上がった。
「お、おい。しほ、何をこそこそと話してるんだ? 前も言っただろ、困ったことがあったら俺が手伝うって……おい、しほ? しほっ」
「…………」
霜月は、無言で竜崎の隣を素通りしていく。
視線を向けることもなく、淡々と歩き去った。
そして後には、俺と竜崎と……それから、義妹の梓だけが残った――
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