きつね色の研究
名取
出題編
この社会は、天才のおかげで成り立っていると言っても過言ではない。
たとえばトーマス・エジソンは、数々の優れた発明を生み出した。もし彼がいなければ、今頃電気もなく、ひいては今我々が便利に使っている家電もなく、人生のほとんどが家事で潰れたことだろう。あとはライト兄弟なんかもそうだ。彼らが空を拓いたことで、人はさらに自由になった。移動時間の飛躍的短縮は、限りある命の私たちにとって、何よりも喜ばしいことだ。
……いや、ことのはずだった、と言うべきか。
とめどない思索の海に溺れて眠れぬ夜、私はいつも考えてしまう。
至極便利で愉快な世界に生きているはずなのに、どうしてこんなに——虚しくなってしまうのだろう、と。
「せんせー。起きてますかー?」
インターホンの音とともに、コンコン、と部屋のドアがノックされる。この真夜中に訪ねてくるのは一人しかいない。
ソファから立ち上がってドアを開けると、果たして満面笑顔の隣人が立っていた。
「こんばんはー。お裾分けです♪」
昔、ひょんなことから——正確には同じマンションで起こったルビー盗難事件を解決したことから知り合いになり、以来私を「先生」と呼んで懐いて回るのが、この青年だ。職業はフリーターで、俗に言うコミュ力お化けというやつでもあり、何か周辺で事件が起きようものなら「押しかけ女房」ならぬ「押しかけ助手」のようなことをする。
そして今夜の彼はその手に、何個かカップ麺の入ったレジ袋を提げていた。
「バイト先で発注ミスって、赤いきつねだけ150個届いちゃったんですよー」
「なんか前にもそういうの聞いたな……しかし、もらっていいのかい?」
「いいんです。先生、時々仕事に熱中してろくに食べないでしょ?」
確かに彼の言う通りだった。ちなみに私の仕事はデイトレーダーである。仕事というほど社会に貢献してはないが、稼ぎは充分だ。
「ありがとう。じゃあ早速頂くよ」
「え、この時間にですか? 太りますよ?」
「君が半分食べればいい」
「えっ、もしかして受けた恩を速攻仇で返す特殊な訓練とか受けられてたりします……?」
後ずさろうとする肩をぐっと掴み、私は笑顔を浮かべた。
「大丈夫、半分なら太らないさ。それに隣から漂ってくる甘〜いつゆの香りに、深夜帯の君が耐えられるとでもいうのかい……?」
「先生の中で僕は樹液に群がる虫か何かなんですか?!」
半分とか言っていつも九割僕が食べることになるじゃないですかー! この少食もやし男ー!
騒ぎ出す口をおもむろに押さえながら、私は助手をそっと部屋に迎え入れた。
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