同級生はエイリアン番外編。緑のたぬき

日々菜 夕

 同級生はエイリアン番外編。緑のたぬき。

 入社してから何回目になるだろうか――


 出張の決まった俺は、緑のたぬきを箱買いしてアパートに帰る。

 すると、同棲中のリアンが不思議そうな顔して出迎えてくれた。


「ねぇ、修二。なんでそんなに嬉しそうな顔してるの?」

「これだよこれ!」


 箱を叩いて見せつける。


「それが、どうかしたの?」


 桜色の瞳を見る限り、何も分かっていないのは明白だった。


「どうも、こうも去年の年末いっぱい売ったの忘れたのかよ!?」

「そういえば、そうだったような……。ねぇ、なんでみんな同じの買ってったの?」

「それはな! この国で年越しと言ったら緑のたぬきってのが定番だからなんだよ!」

「そうなの?」


 とても、蕎麦食い星人とは思えない反応である。

 もっとも食ったことないんだから知らなくて当然なのだろうが……

 なにせ、この小学生にしか見えない婚約者は、この国の常識ってのをよく分かっていない異星人なのだ。


「まぁ、百聞は一見に如かずだ! 食ってみれば分かるから、ヤカンでお湯沸かしてくれ。あっ! 多めにな!」

「うん、分かったよ」


 と、言ってくれたのはいいが……

 思った以上に反応が悪い。

 まぁ、それも中身を知るまでの間かと思えば少なからず嬉しくもなる。


 俺の目的!

 それは、リアンが一人でもカップ麵を食べれるようになることなのだから!


 一般人に聞かせたらバカにされるような事なんだろうが、俺からしたら大事な問題なのだ。

 なにせ、リアンには、色々と残念なところがあり。

 要領の悪さも、その一つだからだ。

 俺の作るメシが一番うまいと言ってくれるのは嬉しいが、やはり出張が決まった以上――

 一人でも、蕎麦が食べれるようになってほしいと思う。


 俺は、箱から緑のたぬきを二つ取り出してローテーブルの上に置き。

 手ほどきの準備をする。


「おい、リアン! 食べ方説明するから来てくれ!」

「ん?」


 相変わらず不思議そうな顔して、俺の向かいに座るリアン。


「まずは、この透明なヤツを破いて中身を出す」


 俺が、簡単に破って見せたのに対し……


「ん? うまくできないよ?」


 予定通り……リアンは、苦戦していた。


「ここ、だよココ! この折り重なってるところに爪ひっかけてから引っ張れば簡単に出来るから!」

「あ、できた!」

「よし! じゃあ、今度は、この、ここまであけてください、ってところまでフタを開ける」


 俺が、ペリペリっと簡単に事をなしたのに対し……


「あ、お蕎麦だ!」


 言うが早いか、俺の言った事を無視してフタを完全にとっぱらってしまっていた。

 どうして、コイツはいつもこうなのだろう……

 そして、コレが想定内になってしまっている俺の思考もどうかと思うが。


「ねぇねぇ! これって、もう食べれるの!?」


 桜色の瞳をキラキラと輝かせ、よだれをたらしそうになっている蕎麦食い星人。

 見た目だけは可愛いのに、どうしてコイツは、こんなにも残念なのだろうか?


「まてまて! まだだ! 次に、この粉末スープをカップに入れるんだよ!」

「なんで?」

「いいから、俺のやるとこ良く見てろ! そして、頼むからまねしてくれ! 粉末をぶちまけないためにも。こうして、片方を持って軽く振るんだ」

「うん……」

「そして、中身をぶちまけないように、こうして端っこの方から、ゆっくり切り取る」

「できたよ!」


 内心、勢い余って中身をぶちまけるんじゃないかと思っていただけに一安心である。

 

「そしたら、この粉末スープをカップの中に入れる」

「うん! これで、食べれるんだね!?」

「違うわ! 頼むから俺が、いいって言うまで食おうとするな!」

「う~。意地悪!」

「意地悪じゃねぇよ!」


 俺は、お湯が沸いてきた頃合いを見計らい立ち上がる。

 そして、熱湯の入ったヤカンと、フタ代わりになるお皿を一枚持って、今にも硬い蕎麦に噛り付きそうなリアンの元に戻る。


「んじゃ、お湯入れるんだけど、この内側の段になってるところって分かるか?」

「うん!」

「よし! じゃぁソコまでお湯入れるから見ててくれ!」

「うん!」


 俺は、自分方を向いている注ぎ口をリアンの方に向けてから、ゆっくりとお湯を入れる。

 もちろん適量だ。

 ふたをすると、ヤカンをリアンの方に差し出す。


「じゃぁ、次はリアンの番だ。俺と同じようにやってみてくれ」

「う、うん!」

「火傷しないようにゆっくりだぞ!」

「わ、分かってるよ!」


 俺から、ヤカンを受け取ったリアンは、ちょっとビビり過ぎかなってなくらい慎重に事を進めてくれた。

 こちらも、無事、適量だ。


「よし! 上出来だ!」

「これで、食べれるんだね!?」

「だから、言ってるだろ! 俺が良いって言うまで食おうとするな!」

「う~。意地悪!」

「意地悪、違うわ!」


 俺は、フタ代わりのお皿をリアンのカップの上に乗せると、リアンからヤカンを受け取り。

 二人分の箸を取りに行くついでにヤカンをコンロの上に置いてくる。

 俺が戻ってくるなり、お腹をギュルルルルと鳴らしながらリアンがねだってくる。


「ねぇ! いつまで待てばいいの!?」

「いちおう、3分って事にはなってるが、固めが好きならもっと短くても良いし。逆に柔らかめが好きならじっくり待っても良い」

「じゃぁ、もう食べても良いんだね!?」


 俺は、こめかみを押さえる。

 まぁ、少し固かったからと言って残念がるのはリアンだし。

 これも社会勉強の一環として割り切った。


「分かった、食っていいよ」


 リアンに、箸を差し出すと、奪い取るように箸を取られ――

 フタ代わりのお皿をどけるリアン。

 すると、とたんに広がるダシと天ぷらの香り。

 思わず、俺のお腹も鳴ってしまった。

 一瞬だが、リアンの真似してフライングしちまおうと思ったが思いとどまる。


「いっただきま~す!」

「出来る限り、ほぐしてから食えよ! それから、火傷しないようにな!」


 リアンにしては珍しく、俺の言うことをしっかり聞いてくれていた。

 火傷しないように、リアンが息を吹きかける度に漂ってくる蕎麦の香りがたまらない。

 またしても、お腹が鳴ってしまう。


「……らんか、ふぁりふぁりしれれ、かふぁいね」

「だから、食いながらしゃべるな! 飲み込んでから言え! それと固めでも良いって言ったのは、お前だからな!」

「ごっくん。なんかパリパリしてて固いけど、美味しいよ!」

「そか、そら良かったな」

「うん」


 リアンは、火傷しないように、しっかり息を吹きかけて冷ましながら食べている。

 そんな姿を見ながら俺は、きっちり3分待ってからフタを開けた。

 湯気と共に香ってくる香ばしい香りがたまらなく嬉しい。

 それでも、きっちり3分待った出来栄えを堪能してもらおうと、まずはリアンの前に差し出す。


「ほれ、完成品の味を食べてみてくれ」

「いいの!?」

「いいも悪いも、俺が良いって言ってんだから気にすんな!」

「じゃ、じゃぁ、いただきます!」


 フーフーしながら一口食べると、目の輝きが一段と増す!


「こっちの方が美味しいよ!」

「だろ、伊達や酔狂で3分待てって書いてあるわけじゃないんだよ」

「そうなんだね……ゴクリ」

「まてまて! 残りは、俺のもんだ!」

「いいじゃん! 修二は、また新しいの作れば!」


 リアンの言ってる事も分からなくはないが――

 俺だって、腹を空かせている。

 だが、我慢して譲る事にした。


「分かったよ、そのかわり一人でも蕎麦が食いたくなったら自分で作れよな」

「なんで? 修二は、もう作ってくれないの?」

「いやな、明日から出張が決まったから、当分の間、お前に飯を作ってやることが出来なくなった」

「そう……なんだ……」


 先ほどまでの勢いはどこへやら――

 寂しそうに蕎麦をすすっている。


「べつに良いだろ? こうして、一人でも簡単にメシが作れるようになったんだから」

「う~。違うよ。一緒に住むようになってから思ったんだけどさ。修二が居ないのは、やっぱり寂しいかなって……」

「え……?」


 予想外のこたえだった。

 どうやら、蕎麦食い星人は、俺が思っている以上に俺の事を好いていてくれたみたいだ。

 そう思うと、心が温かくなってくる。

 出張から帰ってきたら、腹がいっぱいになるまで大好きな蕎麦を食わせてやろう。

 そして、この可愛らしい顔が、満面の笑みを浮かべるのを想像すると――

 つい、頬が緩んでしまうのだった。




 おしまい 

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同級生はエイリアン番外編。緑のたぬき 日々菜 夕 @nekoya2021

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