歿蔵仏子公示素

エリー.ファー

歿蔵仏子公示素

 お祈りを捧げます。

 お祈りを捧げます。

 ここに、あなたの魂と私の魂を捧げます。

 すべてを捧げます。

 お金を捧げます。

 この歯磨き粉を捧げます。

 机を捧げます。

 辞書を捧げます。

 母の髪の毛を捧げます。

 爪切りを捧げます。

 中華料理屋で食べたAランチのレシートを捧げます。

 レモンラーメンのスープを捧げます。

 知り合いを捧げます。

 思い出を捧げます。

 過去を捧げます。

 他人を捧げます。

 捧げるものを捧げます。

 捧げられるものを捧げます。

 捧げられるべきものは捧げません。

 捧げたいものを捧げます。

 かしこみかしこみ。

 柏子見柏子見。

 我々にとって、これは救済です。

 多くの悩みを、問題を、苦しみを、罪を、咎を、消し去るための時間です。

 必要なのです。

 信じない者の幸せも祈ります。

 そして。

 その幸福を捧げます。

 孤独から逃れる術を持たぬ人々を救い。

 すべてを創造せよ。




「こうすると、神様が来るんだよ」

「こねぇよ」

「来るよ」

「こねぇよ。神様なんていないんだから」

「いるって、だからお父さんとお母さんは隕石に当たって死んだんじゃん」

「まあ、あいつらは死んで当然だったけど」

「でしょ。死んで当然のお父さんとお母さんが偶然、死んだ。神様はいるんだよ」

「いや、偶然って言ってるじゃん」

「そうだよ」

「だから、それは神様じゃなくて偶然だろ」

「偶然は神様が起こす奇跡だよ」

「なんていうか。話にならないな」

「話にはなってるよ。間違いないよ」

「もういい、分かった。神様はいるんだな」

「そう、いるの」

「どんな神様なんだよ、それ」

「死の神様」

「死、か。死ぬのか」

「まあ、殺すんだよ」

「人をか」

「ううん。不幸を」

「不幸を殺すなら、あの二人を殺す必要はないだろ」

「そうじゃなくて、あの二人を殺すことで結果として不幸を殺すことに繋がるなら、人間も殺す時があるってこと」

「それを言うなら俺たちでもいいわけだろ」

「何が」

「だって、加害者がいて被害者がいて不幸が生まれるわけだろ。じゃあ、加害者を殺せば不幸は生まれないけど、被害者を殺したって不幸は生まれないだろ。不幸になる側がいないんだから」

「あぁ、なるほど」

「神様が被害者とか加害者とか、そういうことを考えるのかな」

「じゃあ、どう考えているの」

「神様じゃないからなんともだな」

「じゃあ、これから神様になるね」

「お前が」

「うん」

「どうだろうな」

「信じてよ」

「神様じゃなくて、俺の妹だしなあ」




 神よ。あぁ、神よ。

 時の狭間に落下していく子羊たちの鳴き声を聞きたまえ。

 いずれ、誰かと同じ道を辿る初代になれぬ命を掴みたまえ。

 神という名を欲しいままにする、この星の上ですべての欲を捧げて異星の民を贄にしたまえ。

 神よ。神よ。神よ。聞きとどけたまえ。

 降り続ける雨の中で、共に歩み続ける奇跡である。

 これが夕景の三千年である。

 捧げるために、贄となるのは、喜びである。

 神よ。あぁ、神よ。




「動くな」

「動きませんよ」

「そこを動くな」

「動くわけがない」

「通報があった。ここで何をしている」

「祈っていました」

「そのマネキンは。いや、そのミイラはなんだ。手錠で繋がれているな。まさか、監禁して」

「いえ、これは望まれたことです。私は命令に従っただけに過ぎない」

「ここで監禁して殺害か。赦されないぞ。大罪だ」

「えぇ。あなたにとってはそうでしょうね」

「それは、誰だ」

「神です」

「神だと」

「そして」



 神よ。祈らせてくれ。

 祈るために神がいる。神のために祈るのではない。

 神ではなく、自分を信じたいのだ。

 分かるだろう、神よ。




「かつて、私の妹だった人です」

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