静かな夜です。さようならです。

エリー.ファー

静かな夜です。さようならです。

 お酒を飲んで町を歩く。

 倒れそうになるが倒れない。

 倒れていないと思っていたら、既に強い衝撃と共に倒れている。

 なんなのかよく分からない。

 このままの状態が続くとなると、とても気持ちが良い。

 無重力的な心地。ではない。重力が絶えず変化し続けるとでも言えばいいのだろうか。酔わなければ味わえないのに、酔ってしまうと正確な表現ができなくなってしまう。この不可思議で矛盾した事実にたじろいでしまう。

 もう少し、そのあたりが整理されていると、とてもありがたいのだ。

 こうすればいいのではないか。いや、こうか。いやいや、これもいい。あっ、こっちだったのか。

 そんなことの積み重ねで夜が更けていく。

「あの、大丈夫ですか。ひどく酔っているようですが」

「えぇ、まぁ。そうですけれども。でも、凄く気分が良いのです」

「良いのは分かりますよ。かなり笑顔ですし」

「かなりって、かなりって何ですか。笑顔にかなりとかあるんですか」

「あるでしょう。笑顔の一つや二つ」

「ありませんって。笑顔なんてぶっ飛んで当然じゃないですか。何か特別なものというのが間違っている」

「そうでしょうか」

「そうそう。そうに決まっています。笑顔の価値はいつだってずれています」

「良い方向に」

「そう、とびきり良い方向に」

「では、良い夜を」

「あへえ、良い夜を」

 良い人と出会った。

 頭に七面鳥の丸焼きを乗せていたが大丈夫だろうか。全く近頃の渋谷を歩く者たちのファッションは理解できない。銀座のように品があれば理解も追いついていくるというものである。

 これは流行の最先端ということなのか。

 私もその一部になりたいような、そんな気分になる。

 流行を作りたい。

 思いがどんどん変化していく。

「申し訳ないんだけれどねえ、酔っ払いさん」

「はいはい。なんでしょうか。えぇ」

「ここは、うちのお店の前だからどこかに行ってもらっていいですかっ」

「いやです」

「は」

「いやいや」

「いやいや、とか言われても困るんだけど」

「困っても、いやいやです」

「警察呼ぶよ」

「警察はご勘弁」

 私は一目散に逃げだす。

 体が軽い。

 二回バイクに轢かれそうになって、トラックの前に飛び出し、そのまま接触した。

 体が浮かび上がる。

 着地する。

 運転手が笑っている。

 歩行者は驚いていた。

 あぁ、良かった。

 運転手もこっち側だ。運がよかった。

 これで安心である。

「もしもし、そこの酔っているお方」

「はい、なんでしょう」

「占ってあげましょう」

「あの、あなた。ここはねえ、道路ですよ。危険ですよ」

「大丈夫です」

「大丈夫って、あんた死んじゃいますよ。さっきの私にみたいにトラックに轢かれますよ」

「大丈夫ですって」

「大丈夫なわけないでしょう」

「いいから、いいから占い師であるあたしの話を聞きなさい」

「あの、占い師さん」

「はいはい、なんですか」

「あなたは、どこですか」

「どこにもいませんよ」

「あぁ、なるほど」

「まず、あなたは上手くいきます」

「何がですか」

「あなたが思っているすべて、ということですよ」

「はあ」

「幸運を祈っています」

「もう、十分幸運です」

「まだ舞い込みます」

「こりゃあ、まいった」

 酔いつぶれたままの体が勝手に浮いていく。雲の間から顔を覗かせる月は女だった。

 あぁ、つまらん。

「あの、そこの男の人」

 戯言に付き合う暇などないのだ。

 ふわふわしたいのに、勝手に近づくな。

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