闇夜
雲雀朔
春の夜。
薄暗い部屋にぼやあっと靄がかかる。重い瞼を何度も擦り、くああっと欠伸をする。温もりを持った布団を蹴って名残惜しさを吹き飛ばす。そして椅子に無造作にかけられたパーカーを羽織る。古ぼけた学習机の引き出しをできるだけ静かに開けた。中に入っている小さな財布を取り出す。それを真っ黒なウエストバッグに放り込んだ。カーテンの隙間から見える夜の街が僕を誘う。夜明けまであと1時間。僕は今日も夜を探しに行く。
はあっ、はあっ、はあっ、はあっ。
肌寒い風に白く舞った息が溶ける。いつもの道に足音が響いて、街灯の照らす闇に呼吸音がこだまする。ああ、独りぼっちだ。そう考えると無条件に寂しくなる。闇を見上げる。こんな時「月」があれば、きっと寂しくないんだろう。
ある春の日。僕が生まれるずっとずっと前。「月」が消えた。曇っていたわけでも新月だったわけでもない。忽然と、あるべき場所から消えたそうだ。その日から世間は消えた「月」の話題で持ち切りだった。世界中の天文学者は宙を見上げ、人々は宙の写真に縋った。
しかし流行は時間が経てば移り変わっていくもので、消えた月も今では当たり前になってしまっていた。
どれだけ古文に月の美しさが記されていても、どんなに儚い月の写真を見れたとしても僕には本当の「月」は分からない。
闇から目を落とすと正面に明るく輝く、大きな箱を見つけた。近寄ってみると、その箱の中には美味しそうな写真を纏った缶飲料が並んでいた。バッグから小銭入れを取りだし、小銭を2枚押し込むように滑り込ませた。
カラッチャリン。カラッチャリン。カチッ。ガラガラカンッカンッ。
闇に乾いた音が鳴り響く。手を伸ばして落ちてきた缶を取り出す。
「あちっ。あちっ。」
熱さを保った缶を冷ますように、息を吹きかけた。
カチャッン。
開けた瞬間温かい湯気が僕の顔を襲う。
ふぅっふぅぅっ。
恐る恐る口に運ぶ。よかった。そんなに熱くない。
飲みながら僕は「月」のことを考えた。何も知らない月の美しさ。理解することの出来ない月の儚さ。きっとそれは一生わからないのだろう。でも、でも、分からないからこそ知りたくなる。理解できないからこそ興味をそそられる。
きっと感情と同じだ。
分からないからこそ知ろうと思えるし、理解できないからこそなんでだろうと関心を抱く。今抱いてる感情はきっと未来から見れば美しく儚いものなのだろう。大切にしなきゃ。そう思うと自然と口角が緩んだ。独りなのに少し恥ずかしくなってほとんど入っていない缶に息を吹きかける。
ふぅぅっふぅぅぅっ。
湯気は闇に舞っていった。
カンッガラガラ。
飲みきった缶を遠くのゴミ箱に投げ入れる。
「…っしゃ。」
1発で入ったことが嬉しくて小さくガッツポーズをする。すると頬に暖かいものを感じた。夜明けだ。陽の光が僕を誘う。
僕は今日も僕を探しに行く。
闇夜 雲雀朔 @Saku_HibaRi
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