第99話 僕を試してはいけない。

「……フィリィ。僕を試すようなことはしないでほしいな」



 レオンは自らの頬に添えられた私の手を取ると、そのまま握りしめた。



「僕はきみの配偶者パートナーだよ。きみの決めたことは尊重したいし、常に隣には僕がいるべきだと思ってる。本気で望むのであれば、叶うように力を貸したい。だから答えは一つしかないよ」


「……我が儘を許してくれてありがとう」



 思わず。

 私はレオンに抱きついた。

 さっきまでの口ぶりだと拒否されるだろうと思っていたのだ。

 不利益になるとわかっていながら受け入れてくれたレオンに感謝だ。


 レオンは私の背中に腕を回し、優しく撫でる。



「まぁ領がこの状態ならば式の延期は当然だよね。陛下もお許しになられるさ。王太后殿下も慈悲深い方だから理解していただけると思う。サグントは僕が黙らせればいいしね。それよりも強行してまで行くのなら復旧計画も立てていくべきだよ」



「どうするつもり?」とレオンは訊いた。



「フィリィ。きみの行動力は尊敬するけどね。世間知らずのお嬢様が勢いだけで行っても邪魔になるだけだ。きみがマンティーノスの領主だとしてもね」



 災害が発生して約十日。

 これから出発してもマンティーノスに着くまでにさらに七日から十日だ。


 すでに現地では災害発生直後ではなくなっている。現場の需要の変わっているだろう。


 私のように地位や立場がある人間が行き当たりばったりで感情を優先させては、復旧の妨げになる。

 苦労するのは領民なのだ。



「現地で私の世話に貴重な手を割かせるわけにはいかないから、従者は最小限に、ビカリオ夫人だけ同行させるわ。さしあたり私は自分で自分を賄えるようにする。領民はオヴィリオが浪費していなければ備蓄食糧もあるはずだから、あの執事ならきっと対応しているでしょう。今頃、被災民に食料は行き渡っているはず……」



 だとしたら、次に必要なのは被災民の住居の確保だ。

 高潮の被害を受けない場所への移築、もしくは現在の住居の修理が必要だろう。


 やるべきことは建材と人足の手配というところか。



(マンティーノスは温暖とはいえ、冬になれば霜も降りることもあるわ)



 できれば盛冬を迎える前に対処したい。


 では物資はどこから手配すればいい?

 輸送面を考えて現地調達が望ましい。


 だがマンティーノスには調達できる都市はない。



(マンティーノスの在野の土豪に協力をお願いしよう。全てをカバーできないけれど、足しにはなる)



 恩を売ったと相手に思わせれば、新しいマンティーノスと程よい関係を築けるかもしれない。

 海千山千の彼らは我が強い。

 舵取りが難しいだろうけど何とかしてみせる。



(それでも隣接する領に頼むよりマシよ)



 領主クラスになれば今の私にはとてもじゃないが御せない。



「……隣接する領?」



 そうか……。

 私はレオンの胸に埋めていた顔を上げた。

 期待に満ちた眼差しが私に向けられている。



「レオン。サグント領からマンティーノスまで馬車でどれくらい?」


「三日ってとこかなぁ」



 王都とマンティーノス間は十日。

 だが、マンティーノスと王都の間にあるサグント領間は三日だ。


 縁ができてまだ間もない関係で、少なくない犠牲を払ってもらうのは気が引ける。


 けれど、領のために利用できるものは利用する。

 それが領主の責務だ。



(一番大事なのは……)



 民の命とマンティーノス。

 二度目の人生を望んでまで取り戻したかったものだ。手に入れて終わりではない。


 これからが勝負だ。

 全身全霊で守っていかねばならないのだ。


 そのためにも、私はレオンを……。



 ーーーー利用する。



 愛している人を道具として扱うのは心が痛む。

 けれど財産のない私にはこれしかない。



「レオン。あなたを道具にするようで嫌なんだけど」



 私は心の底から搾り出すように、サグント領からの資金供出を懇願した。


 レオンやサグント家にとっては大したことのない投資なのかもしれない。ただ私が割り切れないだけだ。



(好きな人に貸しを作ってしまうなんて……)



 対等でいられなくなってしまう。

 レオンを想う気持ちに後ろめたさを感じて生きていくことになってしまうのだ。



「あなたに頼ることしか術がないの。ごめんなさい」



 それが悔しい。

 自分の力のなさが、恨めしい。



「うん。謝らなくていいんだ。それでいい」



 レオンは意に反して快く承諾した。



「フィリィ。好きなだけ僕を使えばいい。……僕には応じるだけの力がある。嬉しいよ、きみが頼ってくれて」と私を抱き寄せて、「愛おしく思うよ」と頬にキスをした。

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