第97話 全てが終わった。
森に囲まれた刑場は静寂の
時折、小鳥の囀りが聞こえる他は、何の物音もしない。
のどかで平和な光景だ。
(こんなところに刑場があるなんて……)
誰が想像するだろうか。
それもそのはずだ。
この刑場は上流階級所属の罪人専用なのだ。
使用されるのは重要人物のみであるという特別な施設であるらしい……。
(庶民は市場で屈辱的な処刑が行われるというのに)
刑死する場所でさえも特権なのだ。
そもそもお父様と継母様はカディスでは平民だ。
それでもこうして貴族としての扱いをするのは、王家の玉の輿物語ブームの中心にいる私とサグント家を慮ってのことだろう。
大罪を犯しても、身分と権力があれば最期まで快適なのだ。
(虫唾が走る……)
「ウェステ伯爵様、アンドーラ子爵様、ようこそいらっしゃいました」
私たちを認めた役人が頭を下げた。
「ご案内いたします」
役人を先頭に素焼きレンガの塀に沿って進む。
長いのか短いのか分からない奇妙な感覚に囚われた頃、急に視界が開け白砂利が敷き詰められた広場に出た。
広場の真ん中に大人が四、五人横になれる程度の大きさの長方形の台が設置してある。
「こちらでございます」
片隅の目立たない場所に造られた観覧席に案内される。
私たちが革張りの椅子に座り、しばらく経った頃……。
縄に繋がれた中年男女の罪人が現れた。
(お父様、継母様……)
あの日、マンティーノスから移送された日と同じ格好をしたお父様と継母様だ。
久しぶりに見る姿は、見知らぬ人のようだった。
手入れされ艶やかだった髪は白くなり、ガリガリに痩せている。
拘留されている間、かなり厳しい環境に置かれていたようだ。
マンティーノスを支配していた頃はいつも身なりには気を遣っていたというのに。
今のお父様はちっぽけで醜く、とても小さく見えた。
ーーーーなんと惨めだ。
胃がぎりぎりと痛む。
だが、これは私自らが望んだことだ。
「フェリシア、無理することないよ」
レオンが
「カディスの刑は女性にとっては残酷だと思う。辛い光景になる。我慢しなくてもいいよ」
「いいえ。……私には見届ける義務があるの」
私は拳を握りしめた。
刑史がお父様と継母様を刑場の真ん中に設られた台に引っ立てていく。
衰弱した体のせいか、足がもつれお父様は地面に倒れ込んだ。
なかなか立ち上がれないお父様を、刑史が両脇を支え無理やり立たせ、引っ張るように台の中程にのせる。
お父様は力無く肩を落とし、そして刑場を見渡した。
刑場の隅に控えている私に目線をとめる。
「エリアナ……エリアナ! 許してくれ! エリアナ……! 父を助けてくれ!!」
悲痛な声が刑場に響き渡る。
レオンが眉を歪め私の肩に腕を回した。
(エリアナって、今、エリアナって……)
どうして死んだ娘の名を呼ぶのだろう。
今になってなぜ許しを乞うのだ。
悔やむのなら、やらなきゃよかったのだ。
(なぜ殺したの!!!! エリアナが何をしたっていうのよ!!!!)
「どうして……あんなこと言うの。今更、いやよ、許さない」
胸が痛い。
体が……動かない。
息が吸えない……。
「息が、苦しい……レオン、息が……」
「フェリシア! 落ち着いて」
レオンが私を抱きとめ背中をさする。
「ゆっくり息を吸って。……出ようか?」
「ううん。だい、大丈夫。大丈夫だから。私はここにいなきゃいけないの」
何度か深呼吸をし息を整える。
私は顔をあげ、背を伸ばした。
最後まで、最後までしっかり覚えておくのだ。
私は刑史を呼び止め予定通りに執行するように告げる。
刑史は頷き、
「これよりマリオ・オヴィリオ。デボラ・パエスの刑を執行する!」
と高らかに宣言すると、罪人の頭に袋を被せた。
さようなら。お父様。継母様。
今度はあなた達が後悔する番よ。冷たい土の下で。
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