第93話 手放して、そして手にするものは。

「面白い。なんと強気なことだ」



 王は身を乗り出す。

 若い娘の臆することのない言い振りに興味深くて仕方がないといった様子だ。



「では代わりに何を差し出すのだ?」


「陛下もご存じの通りマンティーノスには外港がございます。港湾設備はカディス王家の所有ではありますが、地権はヨレンテが所有しております」


「フィリィ、それは……いけない!」



 察したレオンが慌てて止めに入る。

 私は首を振りレオンを制した。



(そんなことは分かってる)



 港の借地代。

 主要産業が農業のマンティーノスにとっては貴重な現金収入だ。

 安定的な収入を得ることができている数少ない土地なのだ。


 この地を王家に差し出すこと。

 マンティーノスにありながらウェステ伯爵家の支配を受けることのない治外法権を認めてしまうと同意だ。



(地主だったからこそ代官を買収することも主導権を握ることも出来ていた)



 経済活動の手段として外国との貿易ルートは確保しておきたい。が、土地を手放すことで貿易に関してイニシアチブを取れなくなるのは正直痛い。



(でも、惜しくないわ)



 マンティーノスの未来を守り、レオンの野望を隠すためには、最初に特大の衝撃インパクトを与えるのが一番だ。

 肉を切って骨を断つ……ではないが、多少の犠牲は考慮済みだ。



 ーーーー今が手放す時だ。



「地権を……王家にお渡しいたします」


「ほう。あれを、なぁ」



 ずいぶん思い切るものだと王は目を見開く。



「セバスティアンでさえも手放さなかった土地だ。益が多い土地ぞ?」


「確かにあの地を手放せば小さくない額が失われます。マンティーノスの運営に影響が出るでしょう。ですが義兄オヴィリオの罪は重すぎます。陛下から信用を得るためには、マンティーノスにもこの位の覚悟は必要ですわ」


「良い度胸だ。……だがな、フェリシア。まだ足りぬ」


 

 支配者は強欲だ。

 可能だと判断すれば、全力で押してくる。

 王とはこういうものだ。


 ……分かってはいたけれど。


 港で満足してくれるかもと淡い期待を抱いていたのも事実。



(困ったわ。あとは穀物を収穫高の二割納めるか、街道の整備か……。うーん。両方ともちょっと厳しいな……)



 マンティーノスは農業が主力産業。

 しかも石高は毎年下がってきている。

 そこから二割も王室に貢納してしまうと領の運営が成り立たなくなる。

 

 であるならば街道の整備か。

 

 港から首都までの輸送のためには必須。

 現状でも悪い状態ではないが、より効率を求めるのならば近々大規模な改修が必要ではあった。



(街道の改修か……。いずれはとは考えているけど、今すぐとなると先立つ物がないわ。どうしよう)



「ね、フィリィ。落ち着いて」



 肩越しに低く落ち着いた声が耳に届く。

 そっと横を向くと見慣れた瞳が私を捉えている。



「レオン」



 レオンは私の両手を宝物のように取り丁寧に自らの口元に導く。

 そして私にだけに聞こえるように「僕に任せてくれる?」と囁いた。



「任せるって。でも……無理でしょう?」


「大丈夫。こういう時にこそ僕は居るんだ。存分に使えばいいんだよ」



 レオンは私の唇に人差し指を当てて、微笑んだ。

 

 私とレオンの間には甘さなどまるでないが、側から見れば愛し合う恋人同士が思い合う姿でしかないのだろう。


 息を呑んで若い熱愛中の二人を見守る中高年という何とも言えない場違いな雰囲気が漂い始めた頃、サグント侯爵の咳払いと共に息子の痴態を諌めて終息した。


 当事者であるレオンは軽やかに非礼を詫び、居住まいを正す。



「陛下。フェリシアの窮地は夫である私の窮地でもあります。手を差し伸べることをお許しいただきたいのです」



 陛下は口髭を弄びながら頷いた。



「よかろう。許そう」


「ありがとうございます。北部に私の所有する鉱山がございます。それを一山、陛下に献上いたしたいと考えておりますが、いかがでしょうか」



 は?

 私はレオンを二度見する。


(今、鉱山と言った? しかもって?)


 陛下にとっても意外だったようだ。

 しかし、悪くない取引ではないか。

 マンティーノスの外港の土地と鉱山。うまい話ではないか。


「レオン・マッサーナ。サグント所有の鉱山を一山、王家に譲り渡すと言うことか?」


「ええ。正確にはサグント侯爵家ではなく、私個人の所有の鉱山ですが。この鉱山からは鉄鉱石が産出されます。近年、産業技術の発展は目覚ましく鉄の需要は高まっておりますし、価値は高いのではないかと」



(私有財産?? どれだけお金持ってるの、この人)


 全く……。

 この国トップの貴族であり、私の未来の夫の財力は底知れない。



「……確かに、悪くないな」


 陛下は侍従を呼びつけ何かを指示すると、手を打ち立ち上がった。

 かすかにその表情に喜色が浮かんでいる。

 お気に召した、ということだろう。



「さぁ話はここまでにして、昼食にしようか。よ」



 『ウェステ女伯爵フェリシア・セラノ・ヨレンテ』


 ざわりと空気が揺れる。

 王がフルネームで呼んだ。


 つまり……。

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