第65話 僕のことが好きでしょ?

「……ごめんなさい。私はこういう人間なの。呆れられても仕方ないって思ってる」



 レオンは私をまっすぐに見据え、



「何故そう思うの?」


「上位貴族としてこんな卑しい性格は許されないから。でも私はオヴィリオさんやルアーナを恨んでいるの。どうしても許せないの。心から復讐したいと思ってる」


「フィリィ、きみの言う通りだ。きみのその考えは貴族の義務ノブレザーオブリガどころか人としても駄目なレベルだよね」



(あぁ言われてしまった)



 納得していたと思っていた。

 なのにレオンに言われるとヒリヒリと胸が痛む。


 誰になんと言われても大丈夫だ。

 どんな手を使っても人から後ろ指さされようとも、社交界での立場を失ったとしても、私は傷つかないし後悔もしない。


 けれど。

 レオンにだけはそう思われるのが苦痛だ……と気付いてしまった。

 この人にだけは汚い自分を知られたくないと……。



(私は馬鹿だわ。一緒にいたら知られてしまうのに)



 バレないはずはないじゃないか。

 いつから私はこうも弱くなってしまったのだろう。



「でもね。フィリィ」



 レオンのヘーゼルの瞳が優しく煌めく。



「きみの心の中にある思いは、生き物としての本能だと思うよ。人間の原始の姿だよ。復讐は生物の根底にある感情だからね、誰もが抱いている感情だ。おかしいことではないさ」


「普通は胸の内にしまっておくのに実行してしまうところがフィリィらしいんだけど」とレオンは声を上げて笑った。


「ひどいわ。嫌味にしか聞こえない」

「心外だな。僕は本心しか言ってないんだけど? フィリィのことは尊敬しているんだよ」

「え、本当?」

「この期に及んで嘘なんてありえないでしょ。僕がこの世で一番尊敬し愛おしく思うのはフィリィ、きみだからね」

「レオン……」

「ね、フィリィも僕のこと好きでしょ?」



 え?

 それ今聞きます??


 答えられるわけがないじゃないか。心は決まっているけれど口に出すことなんてできない。

 私がヨレンテを掌握してから、それからだ。



(婚約破棄することになるかもしれないのに……)



 想いの吐露なんてしたくない。

 弱くなるのは嫌だ。



「レオン。言わなきゃいけないの?」

「ううん、いいよ。わかったから。僕のことが好きなんだね」

「は?ちょっとレオン??? 一言も言ってない」

「うんうん。好きだよね。わかるわぁ」

「はぁぁ? いい加減に……」

「フィリィ、それよりさ」



 レオンは私をさらりと無視し悪びる様子もなく再び帳面をひらいた。

 頁を滑らせ『静かな眠り』の購入記録のある前後を念入りに読む。



「フィリィの記憶だと、エリアナ様は毒を飲まされたんだよね」

「そうよ。十九歳の誕生日にね。ワインに混ぜられていたの」

「ファジャ卿も同じことを言っていた。ホアキンに渡されたワインを一口飲んだ途端倒れて絶命したと」



 カディスにはここまで即効性のある毒は存在しなかった。

 大抵は数時間から数日をかけて苦しみながら死んでいくものなのだ。だから伝統的に毒殺は好まれない。

 被害者が死亡する前に足がつき逮捕される可能性が大いにあるからだ。



「だからね、ファジャ卿はこれまでの毒の性能を考えても納得がいっていないようだったよ」



 ファジャ卿はオヴィリオが暗殺したのではと疑いっていた(というか確信していた)。

 だが一服盛った位で死ぬ毒などあり得ないとも考えていた。



「こんな毒があるなんてエリアナも知らなかったもの」


「僕もだ。他国の技術力に感服だね。それでね、朗報だよ。今回ファジャ卿が裁判で証言してくれるらしい。エリアナの殺害の解決の手伝いになるならと」


「ありがたいわ。でも」



 私はレオンの頁をめくる手に両手をそえた。



「裏切らないかな。彼は土豪だわ」

「……サグント侯爵家とウェステ女伯爵を裏切れる民がいるとしたら、そっちのほうが驚きなんだけど?」



 レオンの申し出でファジャ卿の下にはサグント侯爵家の者を向かわせることになった。

 いくつかの金色の何かを忍ばせて。

 これで裏切ることはできないだろう。


 あとは物理的な証拠を見つけるだけだ。

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