第59話 お父様の愛人はお母様に似た人だった。
王都から遠く離れたマンティーノス領でのハウスパーティはひどい醜聞と共に幕が下りた。
パーティが開幕して数日で、当主代理、その妻、そして娘と婚約者までもが王家からの密命を受けたアンドーラ子爵によって捕縛されたのだ。
前代未聞の出来事である。
招待客にとってはまさしく寝耳に水。
屋敷中、使用人まで巻き込んだ大騒動となった。
「セナイダ様がお亡くなりになってからオヴィリオ殿の行いは目に余るものがありましたからねぇ」
「そもそも外国人で入婿であったオヴィリオ殿が女伯爵であった娘御を軽んじておられたのは感心できなかった」
「最近羽振りがいいとは聞いていたが、まさか犯罪を犯していたとは」
「エリアナ様がお亡くなりになられたのも、もしかしてオヴィリオさんが……」
などと好き勝手に騒ぎ立てていた。
主人を貶める使用人は論外だが、招待客の心情はわからないでもない。
わざわざ社交シーズンの貴重な数週間をさいて田舎まで来たのというのに、ほんのわずかだけの催しで終了したのだ。
文句も言いたくなるのは人の情というものだろう。
「好き放題に言うよね。あいつら」
レオンが書棚から本を抜き、パラパラとめくる。
「そんなものでしょ。所詮は他人事なんだから」
私はレオンの手元を確認し(『紳士のための最新王都観光案内』とあった。一体何の観光案内なのだろう……。頭痛がする)、また作業に戻った。
あのバルコニーの一件の翌日。
レオンと私は屋敷の騒ぎを横目に、粛々と屋敷の捜索に当たっていた。
武器の密輸に関する証拠は上がっているが、肝心のエリアナの殺害に関するものはほとんどないのだ。
目撃証言だけでは弱い。
何とか手がかりをとお父様の書斎を中心に(図書館の小部屋もあたったが、何もなかった!!)丁寧に部屋を漁っているが……。
(目ぼしいものは何もないわ。上手く隠したのね)
お父様も見た目だけの馬鹿ではないと言うことか。
バタバタと廊下を走る音がし、騒々しさに手を止める。
「騒がしいわ。招待客の帰宅の準備なのかしら」
ここまで騒がしくできる?? と問いただしたいほどにうるさい。
「噂をするのは楽しいけれど、ゴシップに巻き込まれるのは避けたい人たちだ。一刻も早くここから離れたいだろうさ」
関係のない人には早く帰ってもらったほうがいい、とレオンが書棚に本を戻しながら言った。
「フィリィ、僕はきみのことが心配だ。これからはしんどい思いをすると思うよ。批判の矢面に立つことになるんだからね。きみの請求は正当だが、
他家のお家騒動など、他人の不幸は蜜の味だ。
最高のゴシップである。
赤の他人からすればルーゴ伯爵家の庶子が、伝統あるヨレンテ家(しかも当主の座は空白)に入り込み、代理まで務めた先代配偶者を押し退けてその座に着くのだ。
自称ご意見番が幾人も多く沸くだろう。
(来年あたり王立劇場で公演されそうね……)
現実のこととは思えないほどドラマティックなんだもの。
でもこうなることはわかっていた。
「マンティーノスを望んだ時から最初から覚悟してるわ」
「本当に怖くないの? きみの社交界での席はなくなるかもしれないよ。知っての通り、あの人たちは日和見で陰険だ」
「ね、レオン。貴族の世界が厳しいことは知っているわ。でも……王太后殿下の後見を付けたサグント侯爵家の嫁を排除できる社交界がどこにあるのか教えてくれない?」
「ハハハ。カディスにはないね、そんな世界」
「私、社交界の交流は最低限でいいと思うわ。益になる人物なんてそういないじゃない。必要な人とだけ付き合えばいいと考えてるの」
「確かにね。真理だな。……いいね、フィリィ。きみは最高の女性だ」
(何が? 訳がわかんないわ)
当たり前のことを言っただけなのに、嬉しくてたまらないといった表情をしているのだ。
何だか落ち着かない。
レオンは息を吐き首をさする。
「ここ何もなさそうだね。別の場所に行った方が良さそうだ。フィリィ、疲れてない?」
「平気よ」
「疲れていないなら移動しよう。今日中に行っておきたいところがあるんだ」
「そうね。隠蔽される前に行きましょう」
ーーお父様の愛人のところへ。
おそらく、おそらくだが。
レオンと訓練されたレオンの部下がここまで探してないのならば、可能性の一つとして何かしらを愛人に託していることが考えられる。
(例えば帳簿とかをね)
密輸といえど商売だ。
何かしら記しているはずだ。
私たちは速やかに領下の村に向かった。
領主の館からほど近い村のはずれ、ルアーナに教えられたヨレンテ家の小作人用の
私たちの突然の訪問を快く迎えてくれた女性は、黒髪でどこかお母様を思わせる儚げな雰囲気を醸し出していた。
聞けば結婚してすぐに夫を亡くし、生活に困窮していたところに声をかけられたのだという。
「私のような者の元にアンドーラ子爵様とお嬢様のようなお方がいらっしゃるだなんて恐れ多いことです。ご要望の品はこちらでございましょうか」
女性はこちらが何か言う前に、ベッドの下から両手で軽々と持てる大きさの木箱を取り出した。
木箱は糸杉で作られた何の装飾もないどこにでもあるような箱だ。
蓋を開けると、一冊の古ぼけた帳面が入れられていた。
私は女性に礼を言い帳面を広げる。
そこには見慣れた文字が並んでいた。
(お父様の字だわ)
流し読んでみる。
日記のようだ。お父様はメモ魔だったのか、その日起こったこと……食事の内容からその日のスケジュールまで事細かに記してある。
(ただの日記ね。帳簿ではなかったようね。残念だわ)
だがこれだけ詳しく書いてあれば日記も証拠となり得るだろう。
「お嬢様のお役に立てそうですか?」
女性は怯えながら訊いた。
「ええ。求めるものが解明されそうよ。ありがとう。助かったわ」
「いいえ、とんでもございません」
貴族と話す機会があまりないのかもしれないが、おどおどとした様子が初々しくてなんともかわいらしい。
「あの……お嬢様」
女性はしばらく悩み意を決したかのように口を開いた。
「質問をお許しください。お嬢様はセナイダ様によく似ておられます。ヨレンテ家のお方なのでしょうか」
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