第50話 初戦はルアーナから。

(復讐への第一歩というよりも、混乱の幕開けってとこかな)



 私は『領主の間』を出、再び封印する。


 とりあえず爵位継承のための印象と指輪は確保できた。これでお父様に爵位授与されること(申請も含めて)は出来なくなる。


 元々、却下されていたのがこれからは門前払いされるだけだが。十分だ。



(まず考えることはレオンの言った通りに私の身の安全、ね)



 マンティーノスとこの屋敷は敵の本拠地だ。


 だが、これもさほど問題なさそうだ。

 使用人たちは味方につけているので、害をなすことはないだろう。



(それに護衛もいるし。最強よね……)



 私の警護には、護衛騎士が三人、戦闘訓練を受けた侍女と侍女歴うん十年のベテラン侍女、保険のために毒見係の侍従……と過保護すぎるともいえる数がついている。


 まるで国家元首クラスの警備だ。

 一介の伯爵家の娘に仰々しすぎる。


 これが全てレオンの指示なのだ……。

 護衛たちも戸惑い気味だが雇用主レオンの指示に逆らえるわけもない。

 とうの本人は最低限の人数を連れてお父様とどこかの部屋に行ってしまったので、文句も言いようがないのだ。

 しばらくは我慢しよう。



(あとは)



 殺人の証拠を得ること。

 殺されたということも、その理由も方法も分かっている。

 なにせ殺された本人なのだ。


 けれど物的証拠がない。


 帳簿でもあればいいのだが、不都合なものは目につかないように処分されているか、もしくはどこかに隠してあるだろう。



(執務室に手がかりとかあるかしら……。図書室の秘密の部屋も行ってみなくちゃ)



 やらなければならないことはたくさんある。

 ここでゆっくりもしていられない。

 とりあえず客室に戻ろう。


 私は踵を返した。

 来た時と同じように廊下を急足で抜ける。


 広間に差し掛かったところで、茶器や菓子をのせたカートを押した執事とすれ違った。

 執事は会釈をし、私を呼び止める。



「あぁセラノ様。お急ぎですか?」

「いいえ。どうかしたの?」

「……お疲れのようですし、少しお休みになられたらいかがでしょうか。茶をお入れいたします」



 執事は何か話したいことがある様子だ。



(そういえばエリアナの頃も茶に誘って進言してくれてたっけ)



 そうだ。

 家を管理していた執事ならば、お父様の不正の証拠がどこにあるか知っているかもしれない。


 私は申し出に承諾し広間に入った。


 執事は無駄のない所作でカップに茶を注ぎ、私の前においた。


 彼は信用できる。毒など入っていないだろう。私は湯気のあがるカップに口をつけた。

 懐かしい味と香りにホッとする。



「あぁ。本当に美味しい。あなたはお茶を入れる名人ね」

「ありがとうございます。この茶葉はエリアナ様もお好きでした。セラノ様もお身内だけあり好みが似ていらっしゃるのですね」

「……そうかしら。私とエリアナ様と共通するところとかあるの?」



 注意してきたつもりだったけど。



「ええございますよ。お姿もそうですが、初日の晩餐会の時にセラノ様は『いつも通りに一人分よりも気持ち少なめ』とおっしゃいました。エリアナ様の口癖でございましたので、とても懐かしく嬉しく思ってしまいました」



(あぁそういえば……)



 意識をしないまま使っていたかもしれない。

 気をつけなければ。


 私はカップをソーサーに返し、砂糖のまぶされた小さなクッキーを摘んだ。

 エリアナの好物だったマンティーノスの伝統菓子だ。

 口に入れるだけでほろほろと崩れ、シナモンとバターの香ばしい香りが広がる。


 エリアナの好物を事前に用意するなんて……。

 もしかして執事は私がエリアナだということに、勘づいているのだろうか。



(ちょっと突っ込んだ質問してみようかな)



 例え私の秘密を知られてしまっても、忠誠心が私にあれば何の問題もない。


 試してみよう。

 使用人がどれだけお父様から離れているかを。



「ねぇ、執事さん。私ね、近い将来マンティーノスと爵位を継ぐと思うの。その時は使用人あなたたちは歓迎してくれるかしら」



 直球だ。

 執事は顔を綻ばせ背筋を伸ばした。



「はい。もちろん喜んでお迎えいたします。私だけではございません。大部分の使用人はセラノ様が主人になることを望んでおります」



 大部分か。


(お父様に直接雇用された者はお父様に付くだろう、ということね)


 その雇用者がどの程度お父様へ忠誠心があるのかが問題だ……。



「オヴィリオさんは私の爵位継承を反対しているの。権利を奪い取ることになるから反対する者もいるでしょうね」



 家内が不安定なのは良くない。

 お父様が使用人をどのくらい抱き込んでいるのか、先に知っておく必要がある。

 私が口に出さずとも、執事であるのならば察してくれるはずだ。



「使用人のことなどセラノ様がお気になさることではございません。……ヨレンテの主人はヨレンテの血を受け継ぐお方だけでございます。私も他の者も真の主人を待ち望んでおります。受け入れられない者は……」



 執事は懐から手帳を取り出し、何人かの名前を書き込んだ。

 エリアナの記憶のある名も無い名もある。

 そして古参の名も……。



(お母様を支えていた侍女がお父様に転んだのね。知らなかったわ。さすがこの家を取り仕切っているだけあるわ)



 お父様よりも有能だ。



「ちょっと待ちなさい! ロドリゴ、何やってんのよ!!! あなたお父様を裏切るの?!」



 この金切り声は。

 来たか。



(そろそろだと思ってた。私が『領主の間』に入ったことが連絡行ってるだろうし)



 私はゆっくりとドアの方へ目をやった。

 頬を赤く染め目を吊り上げた美少女と派手なドレスを着た中年女性がこちらを睨んでいる。



「ごきげんよう。ルアーナ、そしてオヴィリオ夫人」



 私は優雅に微笑んだ。

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