第49話 娘を殺したの、どんな気持ちですか?

 お父様は咳払いをし、印章と指輪に手を伸ばした。



「セラノ様。あなたがエリアナかどうかは今は置いておきましょう。……それをこちらに渡していただけないでしょうか。ルーゴ伯爵の御令嬢のあなたには必要のないものだ」



 私は印章をドレスの中にサッとしまい込む。



「お断りします。私はウェステ伯爵位を継承するつもりです。私にはヨレンテの血が流れていますので権利があります」


「フェリシアさん、何を言っているんだ!! その証はマンティーノスを思い、マンティーノスを実質治めている私のものだ!! あなたには持つ資格がないものだ!!」



 お母様が亡くなって6年。

 外国人のお父様は慣れないカディスの風習に戸惑いながらも勤め上げてきた。お母様と私のために。



 ……そう思っていた時もあった。



(お父様は私を愛してくださっているんだろうと、信じていたわ。でもお父様の本心は違った)



 お父様が私に親切であったのは目的が別にあったからだ。

 ヨレンテを簒奪すること。

 ただそのために。



(望まぬ結婚をし私を作った)



 お母様との結婚と同時に継母とルアーナの三人で別家庭を築いていたんだもの。


 そしてお母様が亡くなった後は不正に手を染めマンティーノスとヨレンテ家が自分のものだと思い上がった。

 自分がエリアナが成人するまでの、ただの代理であるというのに。自らが領主だと勘違いをしたのだ。


 私はこれ以上ないというほど高慢にお父様を見下し、



「あぁ。おかしなことを仰るのね。あなたは長年代理として務めていながら、王家からは認められなかった。……例え外国人でもこの意味がお分かりでしょう? それだけなくあなたは罪を犯したわ。大罪人」


「た……大罪人ですと!!! フェリシア様、聞き捨てならないことです!! 私が何の罪を犯したというのですか?!」



 お父様は唾を飛ばしながら喚いた。


 若い頃、お母様を夢中にさせただけあり容姿は悪くない。いや、良いのだ。年は重ねてシミやシワもできているが、渋いと言われればそうだと納得してしまうほどには保っている。



(でもこんな醜態晒すなんて。幻滅だわ)



「オヴィリオさん。ご自身の胸に聞いてみては? もしもお分かりにならないというのならば、せっかくですので一つずつお教えしましょうか?」


「は??? いい加減なことを言わないでいただきたい!!!」


「いい加減……?」



 ここまで言ってもこうなのか。

 仕方がない。


 私は悩んだふりをし唇に指を当てながら、じっとお父様の姿を見つめる。



(お父様とエリアナの似ているところ、どこかしら……)



 髪の色も瞳の色も違う。

 容姿も、違う。



(あぁ、あった)



 ーー執着心。


 私は復讐。

 あの御方に懇願してまでも戻ってきた。

 お父様は権力と富。



(やっぱり親子だったわね)



 私は「あなたは分不相応な野心を抱いて生きていたわ」と前置き、



「自らの子であるエリアナを殺してまでも叶えたいと考えられたのですよね」

「な……」

「あなたが殺めたのでしょう?」

「ち…違う! 私が殺したのではない! エリアナは病気で死んだんだ!」



 お父様は後退りしながら首を振った。

 暑い部屋でもないのに顎をつたい床にこぼれ落ちるほどの汗をかいている。



(もう一押し、ってところかな)



「お父様。。おかしな味がしたんです。いつもの飲み慣れた味とは少し違っていました。ほんの少し、濁りがあるというか」



 私の言葉にお父様は顔面を蒼白にしガタガタと体を震わせた。

 

 さぞ驚いているでしょうね。

 毒の入ったワインの味など誰も知らないことですもの。


 エリアナ以外は。



(いい感じで追い込めてる)



 このまま畳み掛けて行くことにする。



、ずいぶんお高い物だったのでしょう? おいくらだったのです?」

「な……何のことですか??」



 視線を彷徨わせながらお父様は尻餅をつく。

 私は一歩二歩とゆっくり近づき、身をかがめお父様の耳元で囁いた。



「密輸で貯めたお金、かなり減らしたでしょうね。。王都のタウンハウスが一棟くらいは買えるくらいかかったんじゃないですか?」


「意味がわかりません。あなたは何者なのですか!!」



 私は肩をすぼめる。



「だから言ってるではないですか。私はエリアナだって」

「あり得ない!! あり得ない、そんなことはっ!!! エリアナは死んだのだ!!」



 死んだ娘の詳細を知る他人なんて恐怖でしかないだろう。

 お父様が狼狽える姿がなんとも爽快だ。



(……私もお父様の子ね)



 人を陥れて喜んでいるのだ。

 なぜか胃がジクリと軋む。



「オヴィリオ、見苦しいぞ」と冷たく言い放ちながらレオンがそっと私の肩を抱いた。


「レオン?」



 レオンは私に微笑むと何も心配しなくていいと額にキスをし、改めてお父様と対峙する。



「私の婚約者がお前に何かしたのか?」



 突然の乱入者レオンにお父様は縮み上がったようだ。

 大きな体でレオンの足元に平伏した。



「いいえ、いいえ、子爵様。そんなことはございません」

「ではなぜ取り乱しているのだ。虚偽であるならば冷静でいられるはずだろう。おかしいではないか」



 ちらりとレオンを見上げる。

 片方の口角を上げ、ヘーゼルの瞳に快楽と嗜虐の入り混じった光が灯っている。



(レオン、あなた何て人なの……)



 呆れた。

 この子爵様は楽しんでいるじゃないか。



「し……子爵様のご婚約者様がおふざけになられるからです。事実でないことをおっしゃるので驚いてしまいました。ひどい嘘だ」


「お前の言う嘘というのは、フェリシアがエリアナだということか? それとも密輸か? あぁ違うな。お前が実の娘を殺めたことか?」



 レオンはお父様の胸元を掴む。



「……陛下より調査を承っていてね。お前、大層なことをしているようじゃないか」

「子爵様っ……」

「詳しく聞かせてもらっても? マリオ・オヴィリオ」



 床の上に力なくへたり込むお父様をレオンが従者に命じて立ち上がらせる。

 私の額にキスをすると「淑女には見せられないからね。フィリィは休んでいて」と護衛騎士を私につけお父様と部屋から出て行った。



(お父様、お気の毒ね)



 お父様の背中を見送りながら、私はほんの少しだけお父様に同情した。

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