第45話 残酷な真実。
「え、ここで? 人が見てるわ」
王族……とまではいかないが、護衛や侍女などそれなりに人も連れてきている。彼らは温室の入り口に控えていた。
レオンと私の会話は聞こえないだろうが、何をしているのかは十分視認出来る距離だ。
「フィリィ。使用人なんて気にしなくてもいいよ」
「ちょっとそれは……私もまだ未婚だし……」
噂が広がってしまう。
サグント家に忠誠心の厚い者達とはいえ、何かのはずみで部外者に話してしまうこともあるだろう。
婚約者同士で多少は見逃してもらえるだろうが、過度な接触は歓迎されないだろう。
レオンは試すような眼差しを向ける。
「で、キスしてくれないの?」
「うう……。レオンは無理強いはしない主義でしょう?」
「あはは、確かに。そうだったね。でもきみが望めば別だよ」
私はこれ以上触れられないように話題を変えた。
「レ……レオンはどうして温室に来ようと思ったの?」
「もちろんフィリィと過ごしたかったからだよ。せっかくのハウスパーティなんだし、羽を伸ばしてもいいだろ」
「……違うでしょ。他に理由があるくせに」
レオンは苦笑いをし「やっぱりフィリィはかわいいなぁ」と呟きながら抱きついた。
(また!!)
正直、嫌ではないけれど。
ちょっと困る。
引き離そうともがくとレオンはさらに腕に力を込める。そして私だけに聞こえる声で言った。
「もちろんオヴィリオの温室の噂を聞いたからだよ。当代一の温室って評判だったからね」
「嘘。……それだけじゃないでしょ?」
他にもあるでしょう。
「フィリィはどれだけ鋭いの。いいね、そういうところ。……一つ確めたかったことがあったからだよ。オヴィリオの不正の証拠、をね」
(お父様の?)
レオンはそっと私を解放すると、足元の小石を拾い脇に投げる。
「オヴィリオの温室、かなり大掛かりだということは耳にしていたんだ。マンティーノスの財政とは釣り合わないほどにね。実際見てみると驚いたよ。かなり負債を抱えることになる規模だよね、これ。というか王家でもない限りすぐにでも破綻するレベルの贅沢だよ」
温室の管理費は膨大だ。
ガラスは暖かい陽光を取り入れることができるが、反面熱が逃げやすく、全面ガラス張りの温室ではすぐに気温が下がってしまう。
温暖とはいえマンティーノスでも冬は霜が降りる日もある。
南国の植物を枯らさないためには温室を温め続ける必要があるのだ。
この広さを賄えるだけの燃料費や人件費は並大抵ではない。
「維持費だけでもヨレンテ一家の一年の生活費を余裕で超えるだろうね」
「そんなに……??」
無関心であったために把握できていなかった。
お父様を盲信していた報いだ。わかっていれば任せなかった。
「セナイダ様が亡くなってオヴィリオが代理についてから、徐々に分不相応な振る舞いが多くなってきててね。特に一昨年くらいからは目に余るほどだった」
その頃からウェステ伯爵代理が何か企んでいるのではないかとの報告が上がってきたのだという。
「マンティーノスを調査をする必要があってね。ウェステ伯爵の落とし胤が僕の幼馴染だってことは幸運だったよ」
それでフェリシアを選んだのか。
(マンティーノスに合法的に入り込むために……)
高まっていた心が急速に冷える。
勘違いしてはいけないと理性ではわかっていた。お互いに利用する関係だ。
でもどうにもならない部分で惹かれていた。
「レオンは内政官でしょう?? 調査を王室から命ぜられたの……?」
表向きは内務官ということになっているが、もっと王家とは親密な関係なのかもしれない。
「そうだね。内務官というより特認を受けて動く存在? まぁ貴族のね、あれこれを調査する任務を陛下から拝命している」
侯爵家という上位貴族であり王家の外戚。
権力も財力もある。秘密裏に調査するには好都合だ。
「それで私と婚約したのね。ヨレンテに接触するために」
「うん、まぁ最初はね。事故に遭う前まではそうだった。でもきみが目覚めてからはそれだけじゃなくなったよ。フィリィ、きみは変わった。事故後は別人のようだ」
「……」
「今のフィリィは、昔の無知でおどおどしているだけのフェリシアではないよね。自分の考えで動くし、すごく魅力的だ。この婚約が契約であることを忘れてしまいそうになるよ。このまま夫婦として過ごせたら楽しいだろうね」
ダメだとわかっているのに。
でもどうしてこう揺さぶるのだ。
(ひどい人。なんてひどい人なの)
商売だと割り切ってくれたらまだマシだった。
「さぁフィリィ。僕は自分のことを話したよ。次はきみの秘密を話してほしいな。これまで僕に隠してきたことがあるだろ?」
(私がエリアナだと告白しても)
レオンは信じてくれるだろうか。
転生するという概念のない世界で、狂ってしまったと思われるかもしれない。
(ううん。元々狂っているのかもしれない)
私は自分の家族に復讐をしようと願い、この世界に戻ってきたのだから。
「私はフェリシアではないわ。魂が別人と入れ替わってしまったの。私にはエリアナの記憶がある」
「エリアナってエリアナ・ヨレンテ=ウェステ女伯?」
レオンは髪をかきあげ、口ごもった。案の定、困惑しているようだ。
(あぁわかっていても傷つく……)
胸が痛い。
「あのね、レオ……」
「お取り込み中、申し訳ございません。子爵」
足音も立てずに騎士服を着た男性がレオンに近づき跪いた。
「大事なところだったんだけど、間が悪いな。――で、何が見つかった?」
「オヴィリオの隠匿物資を発見いたしました。ご推測通り、温室に埋められておりました」
お父様の密輸物資!
つまりは武器――。
この温室に隠していたのか。
(確かに改装中のここなら疑われることはなかったわ)
「そうか。何が出てきた?」
「武器です。ライフルにニードル銃が数十丁。型式からいってターラントのものだと思われます」
「ターラントね。……フィリィ。どうする? 来る?」
私は頷いた。
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