第39話 愚かなこと。
私は人差し指でテーブルをトントンと叩く。
不義理な態度に明らかに苛立ちを隠せないとアピールするためだ。
「ホアキンさん、いいえホアキン・ペニャフィエルだったかしら。私はあなたから許し難い屈辱を受けました。王太后殿下もレオンも決してお許しにはならないでしょう。それ相応の罰を受けるべきではなくて?」
私の宣告に、真っ赤だったホアキンの顔から面白いほどに色がなくなっていく。
ようやく自分が何をしたのか自覚したのだろう。
ガタガタと唇を震わせ、私の足元に這いつくばった。
「俺はそんなつもりはなかったんだ! ご……ご容赦を……」
「セラノ様、どうか彼をお許しくださいませ!」
ルアーナが割って入った。
墓所での余裕はどこへ行ったのかルアーナも小動物のように怯えている。
「ホアキンは確かに愚かです。身の程を知らずにセラノ様を侮蔑しました。ただ彼にも理由があるのです。フェリシア様はお姉様に大変似ていらっしゃいますので、昔を思い出してしまったのだと思います」
大切な姉を亡くしてまだ数ヶ月。
ホアキンはエリアナの婚約者である。私たちも家族を失って悲しい。
エリアナの面影に動揺し酒を浴びるほど飲んでしまったのだと、ルアーナは涙した。
「ご理解いただけないでしょうか」
ルアーナの艶やかで陶器のようにきめの細かい頬に、一筋の涙が伝う。
なんと清らかで美しい光景だろう。
この姿だけ見れば、私が悪役でルアーナを虐めているとしか思えない。
実際は反対なのだが。
(悲しみ? 笑わせるわ。大切だという姉を裏切ったのはあなたたち家族でしょう?)
婚約者を寝とるだけでなく、私を殺めるのに手を貸したじゃないか。
本当に棚に上げてよく言う。
私は「それほどまでにエリアナ様に似ているかしら」と立ち上がり壁の肖像画の前に立った。
豪華な金の額縁の中にエリアナがいる。
絵の中の私はアーミンの毛皮を裏地に張ったマントを肩にかけ格式の高いドレスを身にまとい真剣な眼差しでたたずんでいた。
この絵のことはしっかりと覚えている。
一年前、ウェステ女伯爵になった時に都で有名な画家を招いて描かせたものだ。
あの時。
ウェステ女伯爵の地位についたことに誇りを持ち、自信に満ち溢れていたというのに。
(たった一年でこうなるとは思いも寄らなかったわ。人生ってわからないものね)
最初の死は惨めで悲惨だった。
でも今回は勝つのは私だ。
私は絵画のエリアナと同じ表情――射抜くような眼差しを――を作り、
「視界に入るだけで悲しみが耐え難いほどに深くなるほど似ていると?」
「はい。その通りでございます」
ルアーナは健気に涙を拭った。
一挙一動がいちいち健気に可愛らしい。
さすが『愛される』ことに長けた継母の子だ。
思わず揺るぎそうになるが、ルアーナの真の姿は別にあるのだ。信じてはいけない。
「お姉様とセラノ様は別の方というのもわかっています。死人が生き返るなどあろうはずがありませんし。ですのでルーゴのお嬢様がお姉様であるはずがないのです。でも! わかってはいますが、どうしても悲しくなってしまいます。お姉様はかけがえのない方でしたから」
「ルアーナさん。言いたいことはわかります。でもあなたの言う通り私とエリアナ様は別人よ。だから、エリアナ様のようにホアキンさんを許すことはないわ」
私はホアキンに対する罰を唱える。
監獄に収監、鞭打ち、社交界からの追放。
罰を一つ挙げるごとに、ホアキンとルアーナが縮み上がっていく姿は愉快だ。
けれど。
脅すのもここまででいいだろう。
「ホアキンさん。このまま愚か者は罰してもいいのでしょうけど。ただ何事にも寛容であることも重要だと思うわ。そもそも平民には親切にするものでしょう?」
それまで黙っていたお父様が頭を下げ、「ありがたいご配慮、感謝いたします」と丁寧に礼を言った。
娘と将来の娘婿の断罪。
ハウスパーティが終わった後に客人たちにとっては最高のゴシップだ。秒速で広がる噂のダメージを最小限に抑えねばならないのだ。
(とうとう出てきたわね)
実の父でありながら欲のためにエリアナを殺した男が。
「セラノ様。
「そうね。そうするわ。彼の処分はあなたに任せます。……あぁその代わりオヴィリオさん。私の頼みを聞いてくださらないかしら」
私は広間から続く廊下を見遣る。
薄暗いあの廊下の奥に黒檀で出来た扉がある。
当主が『ヨレンテの盟約』を果たすための部屋だ。
(この領に戻ってくるために盟約を果たさねばならないわ)
「領主の間、拝見させていただけないかしら」
「領主の……。いやいや、そこはヨレンテの秘蹟を行う場所です。ヨレンテの当主一族以外は入ることすらできないと定められております。いくらマッサーナ家の婚約者様だとはいえ入室は出来ません」
「へぇ。そこまで厳しいのならばオヴィリオさんも入室できていないのですよね? だってあなたはヨレンテではないでしょう?」
「セラノ様……!」
お父様は慌てて私にとりすがった。
周囲の客が一斉にお父様を見る。
客が「伯爵様ではなかったのか?」「叙位されないなんておかしいと思った」と口々に囁き合っているではないか。
お父様は
(馬鹿なお父様)
見栄を張ってしまったのだろう。
(知ったこっちゃないわ)
私は顎に手を添え首を傾げる。
「セナイダ様がお亡くなりになりエリアナ様が爵位を継ぐまで、代理として勤め上げていらっしゃったのに、それだけの実績があっても未だに爵位を継ぐことが認められていない。と言うことは、爵位を継ぐ条件が揃わず王家から認められていないのでしょう?」
「なぜそれをご存知なのですか?」
お父様の額には脂汗が浮いている。
図星のようだ。
「ヨレンテ家門であるならばいざ知らず、あなたはルーゴ家の人間だ。しかもルーゴの庶子だというではありませんか。公にされていない叙位に関しての王家とのやりとりをあなたが詳しく知っているのはおかしなことです。なぜご存知なのですか?」
「オヴィリオさん。物事を完全に秘匿するなんてことはできやしないのです。どこからか漏れてしまうもの」
私は両手の指を合わせ、お父様に挑戦的な眼差しを向ける。
「あなたの目の前の現実を受け入れないのはとても残念でならないわ」
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