第38話 あなたとルアーナはちがう。

「なんて恥知らずなことでしょうね。ご自身の立場がどんなに危ういものかも自覚せずに、堂々と裏切りを宣言するだなんて」



 私は嘲笑いたくなるのを我慢し、いかにも憐れんで同情心から語っているのだと言うように表情を作る。



「は? 裏切りなどしてない!」



 ホアキンはさらに声を張り上げた。



(呆けて骨抜きにされたのか、お酒のせいか。こんな反応をするだなんて)



 情けない。



「ホアキンさん。婚約者の妹と通じておきながら、それが裏切りはないとなれば何なのでしょうか。それともいつの間にか私の知らない概念でもできたのかしら」



 私は皿に残ったマグロのソテーをフォークでつつく。



「そういえばマグロや大型の海魚には体内に虫が巣食っていると聞いたことがあります。ホアキンさんも似ていらっしゃいません? 名前はええとなんと言ったかしら」


 しばらく考え「うんそうだわ」と頷いて、


「寄生虫。寄生虫ね」

「き…寄生虫??」



 広間の客がわずかに騒めいた。

『わかってはいるけれど、誰も言わなかった』と言うことか。


 地域経済に影響を持つウェステ伯爵家に対し空気を読んで面と向かっては言う者もいなかったのだろう。

 ただここまでの直接的な言葉は誰も想像もしていなかっただろうが。



(私自身もこんな言葉使うとは思っていなかったわ)



 私は小さく息を吐き、ワインに口をつける。

 あの19歳の誕生日に飲んだ甘口のマンティーノス産のワインと同じものだ。甘めだがはっきりとした葡萄の風味がする。

 雑味は感じられないので今回は毒は入っていないようだ。


 私は給仕係の下僕にホアキンの前からワインを下げるように命じ、



「ホアキンさんのご実家は確かウェステ伯爵家のご援助でなんとか持ち直していると噂を聞きました」



 ホアキンの実家はカディスの一地方の伯爵家だ。

 マンティーノスほどではないが豊かな農地を有する領主だ。


 ただウェステ伯爵家と違うのは、投資に失敗し大きな借金があり経済的にはかなり逼迫した状況だということだ。


 そこにお父様は目をつけた。

 入婿として息子を迎え、恩を売ろうとしたのだ。


 そうしてエリアナの婿に選ばれたのがホアキンだった。


 ホアキンは長男ではない。

 つまり財産は継ぐ権利を持っていない。

 貴族の子でも次男以下は“部屋住み”でさほど重要ではない存在ということになる。

 全ての条件の揃った都合のいい存在だった。



「ホアキンさんは家業のセンスもなかったのでしょう? それで跡取りに結婚相手が必要だったウェステ伯爵家との取引で入婿が決まったと言うことですよね。なのに伯爵様に養っていただきながらエリアナ様がご健在の頃から妹さんに熱を上げられていたとなれば、ねぇ?」



「セラノ様! あんまりな言い方です」愛する婚約者が詰められていることに我慢の限界なのか、ルアーナが口を挟む。



「あらそうだったかしら。あまりに見苦しかったからつい。でもあなたも同罪ではなくて? ルアーナさん」

「あ、……そんなことは……」



 ルアーナは顔を赤くし俯いた。

 流石に自分のやったこと(恐らく計画通りの行動だが)に自覚はあるようだ。



(わかっていながら奪ったものね。さぞ楽しかったでしょうね)



 異母妹はエリアナを恨んでいたのだから。



「俺だけでなくルアーナにまで言いがかりをつけるとか正気とは思えん。……ルアーナ、大丈夫だよ」



 ホアキンは愛する恋人を慰め、広間に響き渡るほどの声で爆笑する。



「ははは、俺が寄生虫ならばフェリシア様、あなたこそどうなのだ」と私を指差す。


「その黒髪と碧眼! あなたはルーゴ伯爵家の姿をしていない。姉妹でありながらカロリーナ様とは似ても似つかないところがあるではないか。ルーゴ伯爵の庶子ではないのか? ルーゴに寄生する卑しい庶子だろうが!」



(うん、庶子ってところは間違ってはいないわね)



 お祖父様とルーゴ伯爵夫人との間にできたのがフェリシアわたしなのだから。

 けれど今は爵位を授与された貴族だ。

 殺人まで犯した者にあれこれ言われるのも癪に触る。



「庶子と言われればそうだとしか言いようがありませんね。事実ですから。ただねぇ、ホアキンさん。あなたの大切なルアーナさんも庶子で平民ではありませんか」


「あなたとルアーナを一緒にするな! ルアーナは純粋で美しい人だ。同じ庶子でもあなたとは違う……!」


「何が違うのです?」


「心根が違う! あなたのように腐ってはいない!」


「心根……?」



 えらく抽象的なものを持ってくるものだ。

 これはもう私が高笑いしてもいいんじゃないか?



「サグント家嗣子の婚約者であり王太后殿下を後見に持つ私が、訳のわからないことで中傷された……その意味、わからないはずはないですよね? ホアキンさん」

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