第9話 復讐への導線。

(フェリシアは誰かに似ていると思ってたけど……。亡くなられたお母様にそっくりだったのね)



 そっくりどころではない。

 生写いきうつしだ。


 先代ウェステ女伯爵セナイダ・ヨレンテ。

 私の母親には兄弟はいなかった。

 凡そ20年前にヨレンテに生きていたヨレンテの男性となると……。



 フェリシアの実父は……。



(私のお祖父様なのね……)



 全てが繋がった。

 あの御方がなぜ私をフェリシアに憑依させたのか。


 最初はこの境遇に驚きと怒りしかなかった。元の体に戻るのではなくフェリシアとかいう名も知れぬ者に成るだなんて、理解できなかった。


 だが全てに理由があったのだ。


 改めて自分フェリシアの顔を鏡で確認する。

 黒い髪と特徴的な碧眼をした若い娘が疑心暗鬼な表情で写っている。


 黒髪と碧眼はヨレンテ家の直系の証。カディスではヨレンテだけが持つ特色だ。


 そして、その顔だち。

 記憶にあるお母様よりは若く幼い感じはするが、よく似ている。そしてどことなくエリアナとも繋がる面影が見受けられる。



(間違いない。フェリシアはヨレンテ直系の血を継いでいる)



 今となっては確かめようがないが、お祖父様が生物学上においてフェリシアの父親である可能性は高い。



(お祖父様はほんっと面倒なことをしてくれた……)



 ルーゴ伯爵家にとってもいい迷惑であっただろう。


 第五代ウェステ伯爵とルーゴ伯爵夫人の道ならぬ恋。既婚者同士ロマンスとして楽しむことは貴族社会の習慣として許されている。

 が、子ができてしまうと話は変わってくる。夫婦のどちらかに似ていればどうとでもなるが、フェリシアのように相手の特徴を継いだ場合は面倒事でしかない。


 何の罪もないフェリシアが気の毒でならない。

 親の罪は子の罪とばかりに、これまで数多くの理不尽な仕打ちを受けてきたに違いない。



(いつかまた死んだ時に、お祖父様には説教しなくちゃ)



 今はただフェリシアが生まれてきてくれたことに感謝するだけだ。



(私の推測が正しければフェリシアは私の年下の叔母ということになるわ)



 ウェステ伯爵家は王室との密約によりヨレンテ初代の直系しか継ぐことができないとされている。

 つまりエリアナ・ヨレンテ亡き今、ウェステ伯爵家を継ぐ権利がある……唯一の当主後継者がフェリシアというわけだ。



(光が見えたわ)



 ヨレンテ家の密約の存在自体は広く知られている。


 だが、その内容は当主と当主継承順位上位者のみに伝えられる。

 少子の家系のヨレンテ家では儀式を知るものは私しかいなかった。

 だというのに、エリアナは突然命を奪われた。儀式を伝える暇もなく殺されたのだ。



(お父様は意味のないことをしてくれたわ)

 

 

 ヨレンテ当主の証をカディス王に示さないと、ウェステ伯爵位とマンティーノスの継承はできない。盟約を遂行せねば爵位も領地も手に入れることはできないというのに。

 

 まぁ部外者である父や継母は知る由もないだろうが。



(まだ間に合うわ)



 フェリシアがヨレンテの後継者の資格があると示せれば、全てを取り戻すことができる。

 前世の復讐を遂げることができるのだ。


 一刻も早く動かねば。



「ビカリオ夫人。一月ひとつき分の新聞を用意してれないかしら」



 ヨレンテ家は最も恵まれた領を治める貴族だ。

 自然と貴族だけでなく平民からも注目が集まる。何かしらの動きがあれば報道されないわけがない。



「それとね、レオンが未だ屋敷にいるのならすぐにこちらへ来るように伝えて」

「かしこまりました」



 夫人は嬉しそうに頭を下げ、足早に部屋を出た。





「で、僕を呼んだってことか」



 レオンは呆れたように笑う。

 今日も端正なかんばせが眩しい。装飾がほとんどない普段使いのコート姿なのに、一分の隙もないのは流石だ。



「てっきり僕に会いたいから呼ばれたのかと思ったよ」

「何言ってるの? 当たり前でしょ。……会いたいから呼んだのよ?」

「お世辞でも嬉しいね。フィリィ、僕の婚約者殿は今日もとても綺麗だ。髪型似合ってるよ」



 レオンは私の手を取り、甲に口付けた。

 何気ない会話にさらりと褒め言葉を入れてくるところに、レオンのモテ要素が見え隠れする。

 社交界で人気な訳は容姿と家柄だけではないらしい。


 私は苦笑しレオンの茶碗に茶をそそぐ。



「そろそろルーゴ伯爵家ここから出る準備をしようと思ってるの。でも私、記憶もないし世情にも疎いでしょう? もちろん自分でも学ぶけど、分からない事もたくさんあるの。特に貴族のこととか、ね。レオンに教えてもらうのが1番でしょ」


「うん。そうだね。きみは正しい。貴族の情報は僕の手元に集まってくるからね。大抵のことは知っているよ」



 さすが権力者。

 サグント侯爵家の跡取り息子である。



「で。愛しのフィリィは何を知りたい?」とレオンは自らの顎に手を当てた。

 

 淡褐色ヘーゼルの瞳に光が宿る。

 いつもの穏やかなレオンとは雰囲気が違う。



(嘘はつけない)



 例えついたとしてもすぐに見抜かれる。

 私は大きく息を吸う。



「マンティーノスを治めるウェステ伯爵家のことを教えてほしいの」

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