第20話 僕は戦死を知る



 戦闘が再開した初日――朝日がカーテンの隙間から漏れている。

 手をかざして影を作り、カーテンをバッと開いた。一気に光が強くなり、夏の強い日差しが僕を襲った。


「おはよ、お姉ちゃん」


 隣で寝ていたジュリアは先に起きていたようで、扉を開けて入ってきた。


「おはよう」


 後ろからレンとセーラが続く。


「姉ちゃん、おはよう」


「アカリお姉ちゃん、遅いね」


「2人ともおはよ。私、朝に弱いんだよね」


 天啓を得てから、特に弱くなった気がする。反対に、夜はあまり眠くならない。

 これまでは誰とも生活を共にすることがなかったから気にしなかったけれど、みんなと一緒に教会で生活する以上、生活リズムは合わせたほうがいい。

 解決策としては、早いうちにみんなの家を建てるか孤児院を作るかだろうか。


 孤児院を作るにしたって、人も資材も食料もないいまは無理だ。


「姉ちゃん、コレ、後方基地ってところから届いた。あと、面倒だから早く無線機? を導入しろーって言ってたよ」


「あー、そうだよね。無線機、大事だよね」


 最前線の情報を得るためには、後方基地に届いた電報を基地にて書き写してもらい、手紙にして送ってもらわなきゃならない。

 それが面倒だから、早く電信機――無線機を設置しろと言われているのだ。

 最前線から後方基地まで届くなら、ここも間違いなく範囲内である。


 孤児の中にも、以心伝心と言う、ヒルゼンさんたちのような天啓を得た子たちがいたと思うんだけど……。

 子どもだからダメ?

 面倒臭がるな?


「確か1人だけ、機械の構造とか用途とかすべてが理解できるっていう天啓持ちの子、いたよね?」


「いたと思う。呼ぶ?」


「お願い」


 もうその子に任せてしまおう。

 機械置くんだからいいよね?


 呼びに行ったレンがすぐに戻る。

 僅か10分も経っていない。開けようとした手紙をテーブルの上に置き、レンが連れてきた子を見る。

 レンたちと同じく痩せていて、骨が少し浮いている。みんなと同じだ。髪はオカッパで、目が泳いでいる。気弱そうな印象だ。


「連れてきた!」


「ありがとう。……君の名前は?」


「ぼ、僕はカトレア、です。お、女の子の名前だ、けど、男、です。ごめ、ごめんなさい」


「カトレアだね。君に頼みたいことがあるんだ」


「ぼ、僕に?」


 落ち着きがなく、男の子だと言って謝ったカトレア。きっとその髪と名前で勘違いされることもあったのだろう。でも、機械いじりが元々好きじゃないと、そんな天啓得られないはずだ。

 機械いじりは男の子の趣味だなぁと思っちゃう。


「そう。ここには機械が置いてないんだよね。無線機をまず置きたいんだけど、まず電気を引かなくちゃならない。電気を生み出す機械も必要だし、いろいろと入り用なんだ」


「う、うん」


「それをすべて、カトレアに――」


 僅かに目を伏せたカトレアを見て、少し変える。


「ゆくゆくは任せたいと思う。だからまずはリーデルハイトさんと一緒に、後方基地に行ってほしい。そこに機材がすべて運び込まれるから、そこで使い方を学んで、機材を持って戻ってきてほしい」


「で、できない、です」


 自信なさげに俯き、肩を震わせる。


「どうして?」


「だ、だって、僕は、僕は無能だから。無能は、はた、畑仕事もできないんだ。ぼ、僕には何もできないんだ」


「そんなことないよ。君の天啓、レンから聞いたよ?」


「そ、そんなの、わからない、です。ほ、ほんとにでき、できるかなんて、わからないし……」


 重症だった。

 自己評価が低過ぎて、なかなか受けてくれない。

 だけどいずれ様々な機材を導入するなら、この子は必要になるのだ。


「大丈夫! カトレアは自分のことは信じられないかもしれない。でも、私のことは信じてくれる?」


「そ、それは当然! です! あ、アカリ、様、は、僕たちを救ってくれた、女神様、みたいなものだから」


 尻すぼみに小さくなっていく声。

 だけど、これならいけそうだ。


「カトレア、私を信じてくれるなら、私を信じて行ってくれないかな? カトレアが1番、向いてると思うんだ」


「それ、は……」


「ダメならダメでいいし、カトレアを責めたりしないよ。カトレアが一生懸命やった結果なら、私は責めない」


「っ……、わか、った。行って、きます」


「ありがとう」


 カトレアを優しく抱きしめると、わたわたと慌てだした。


「ぁ! アカリ様!?」


「僕はみんなのことが好きだからね、抱きしめたくなるんだ。安心するでしょ?」


「……うん」


 暴れなくなったカトレアを、ゆっくりと解いてやる。

 すると、これまでのおどおどした雰囲気が、少しだけ取っ払えたようだ。


「じゃあリーデルハイトさん呼んでもらえる?」


「わかった。俺が行くよ」


 レンがまた走っていき、僕はリーデルハイトさんになんと言えばいいのか考える。

 咄嗟に出た人の名前がリーデルハイトさんだなんて、困った。でもバルドさんはまとめ役だから、いてくれないと僕が困るのだ。


「アカリさん、今日は――っと」


「ムタくん?」


「あー……出直したほうがよさそうッスね」


「いいの?」


「いや、その、今日か明日、どっちがいいかなって思ったんスけど」


 それを聞いて、前にしたのは2日前だと思い出す。

 今日は気分がいいし、今日にしようかな。


「今日、行くよ」


「! わかったッス。待ってるッスね」


「うん。ありがとう」


「いえいえ、こちらこそッス」


 ムタくんが出ていく。


「む。貴様はあのときの……」


「お久しぶりッス! 失礼するッス!」


 リーデルハイトさんとムタくんの声が聞こえたかと思えば、リーデルハイトさんが部屋に入ってきた。ムタくんは少し急ぎ気味に教会から出て行ったようだ。


「何用だ」


「すみません、お呼び出しして。頼みたいことがありまして」


「ふむ。それは我が部族の利となるのか?」


「もちろんです。産業革命について行かないと、時代に取り残されてしまいますから」


「さんぎょう……? まぁよい。詳しい話を聞こう」


 僕は場所を小会議室に移した。

 レンとジュリアとセーラ、それにカトレアも付いてきている。

 正直カトレア以外は来なくてもいいのだけど、離れたくないなら仕方ない。

 僕はリーデルハイトさんにこれまでの話をした。


「つまり、カトレアと行って来ればよいのだな?」


「はい。ほかにも数名付けますが、言ってみれば引率ですね」


「なるほど。これはほかにも、我らイシュリーゼの者を付けてもよいのか?」


「構いませんが……あまり多過ぎても迷惑をかけてしまいかねないので、その仕事をする上で役立つ天啓を持つ者に限ってください」


「了解した。明日には出立しよう。カトレアも準備しておけ」


「は、はい!」


「……ありがとうございます」


 少し、カトレアから怯えを感じる。リーデルハイトさんは気の強い人だし、苦手なタイプかもしれない。

 やっぱりバルドさんのほうがよかっただろうか。


「話は終わりだな」


「はい。足を運んでいただいて助かりました」


「気にするな」


 リーデルハイトさんが小会議室を出ていき、カトレアが緊張が解けたようにため息を吐いた。


「知り合い?」


「そ、その、僕は、イシュリーゼ族です。だから……」


「あー……」


 そうだったのか。

 もしかしたら、カトレアがこうなった原因も付いてくるかもしれない。カトレアには申し訳ないことをしたな。

 でも、すでに賽は投げられた、か。


 人に頼んだことを、やっぱりほかの人に頼むからいいやって断れるほど、僕の面は厚くない。


 僕はカトレアの頭を撫でると、準備するように伝えた。

 カトレアに必要なものなんかを伝えると、すぐに行動に移す。


「レン、ほかにも孤児いたよね。レンはそういう子たちをまとめて洗礼を受けさせてほしい。頼める?」


「任せてくれ! 行ってくる!」


 レンが走り去っていくのを微笑ましく見ながら、ジュリアとセーラにも頼み事をした。



 1人になった僕は、自室に戻って届いた手紙を開く。


「え……? ヒルゼンさんが、戦死?」


 戦闘が始まり、開幕ブッパで作戦本部が壊滅。ジゼルは奇跡的に無傷だったものの、ほかのメンバーは13名が死亡。4名が重症。ほか本部周辺に陣取っていた部隊は少なからず死傷者を出しているらしい。

 その名簿の中に、ヒルゼンさんの名前があった。


 そして、その被害を出した敵の前進基地――約2万の兵をジゼルを中心とした強力な天啓持ちが排除したと記されていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る