第19話 ジゼル、反撃開始だバカ野郎。
まだ15歳程度にしか見えない、新しくこの地にやってきたアカリからの手紙を一瞥する。
俺たちは後方の基地から最前線の基地へ場所を移した。基地と言っても、時間がなかったので、仮設テントによるものだ。
最前線とはいえ、見える距離ではない。相手には大砲という武器があるのだ。ひとまず、10㎞と少し離れている。本当の最前線はここよりもっと前にあり、丘の麓に兵が布陣している。
だから直接会うことはもうないのだろうが、なかなか嫌なヤツだった。何より、ヒルゼンより容姿が整っているのが頂けない。
「どんなことが書いてありますか? アカリ様は可愛らしいお方ですし、軍のトップ、政治のトップ、トップ同士気が会うんじゃありませんか?」
「んなことねぇよ。大したことは書いてねぇ」
「恋文でもないですか?」
「くどいぞ。この戦争が終わるまで待ってくれるんだろ? お前を必ず、幸せにするからよ」
ツーン、と顔を逸らすヒルゼン。
手紙が俺宛てというだけで、俺とあいつの関係を疑っているのだ。
「だいたい、嫌味しか寄越さねぇのか、あいつは……」
ほらよ、とヒルゼンに手紙を渡すと、すぐに読み終えた。
「アカリ様が我々軍の実力を疑っているのですか?」
と、ヒルゼンが眉を顰める。
同胞、それも自分が信じており、信奉しているような相手から信用されていないとなれば、その反応もわかる。
「アカリじゃないな、これは。たぶん現地の奴らだ」
「ああ、なるほどです」
良くも悪くも、アトラス教を信じきっている。
軽く話した程度ではあるが、そんな雰囲気を感じた。アトラス教の教義を逆手に取って乞食の真似をするようなヤツが、アトラス教の実力を疑っているとは思えない。
もし実力を疑っていたら、食糧を貰いに来ることはなかっただろう。教義にも疑いを持つはずだからだ。
それに、実際食糧不足は深刻だった。
現地もそうだが、ゼァガルド王国の食糧不足も喫緊の課題となっている。それに伴って食糧はどんどん高値になっていて、このままでは軍までもが飢え死にしかねない。
「チッ。返事を書く。あとで出しておけ」
「はい!」
「ひとまず占領された地区の奪還が優先される。手紙にも書いていた。それから、奴隷になった現地人の救出だ」
「元々そのつもりで作戦が練られています。問題は、アレですね」
アレ、と聞いて、思わずため息が出る。
一枚の写真を懐から取り出した。
「コレなぁ。ファミリアの奴ら、鹵獲されてんなよ……」
もしくは横流し。或いは、あの国々も一枚岩ではないのか。
世界で一番、機械が発達している国々。
彼らは機械を信奉している。
そんな彼らが作った銃というものは、騎士に及ばないものの一般人を殺すだけなら問題ない殺傷力を持っていた。
この写真を撮ったカメラだって、ファミリア製だ。
これまでは念写の天啓を得た者にさせていたことが、この機械一つで済んでしまう。しかも量産できるというのだから、あらゆる場面で扱えるのだ。
その手で持ち運べる銃によく似た砲を持つ、人より大きな銃。それらがトルーダ帝国軍が丘の上に設置している。ファミリア出身の者に聞くと、大砲というらしい。有効射程は10㎞ほどあるようだが、観測手というものが必要だ。観測手のつけ入る隙がないよう、すでに動かしている兵もいる。
銃と似たようなものならば、まず間違いなくアレからは弾が出てきて、人間を吹き飛ばすことだろう。
人が持ち運ぶサイズのものでさえ、人を殺すのに引き金一つだ。アレは一体何人殺されるのか、考えただけでもゾッとする。
写真を一つ一つ見ていき、敵陣地を眺める。
これの攻略はどうすればいいのか。
実際に見る必要もあるが、犠牲は出したくない。
しかし、それを持つファミリアを攻めているトルーダ帝国がこうして使っているのだ。攻略法は必ずある。でなければ、帝国は負けているはずだ。
「日付が変わり次第、停戦が終わる。もう一度、全戦闘員に激励を送ろう」
「わかりました」
ヒルゼンが戦闘区域に敷き詰められた電話網に繋がる、一つの電話をとった。
これが取られるのは、緊急時のみ。だが、同時にすべての兵士に伝えるためにはこれが早い。
時刻は23時40分。
あと20分すれば戦闘が再開する。
「諸君、遠い異国の地に来て、かねてより危険思想のあったトルーダ帝国と、遂に戦争をすることになった! だが、アトラス教が戦争において負けたことはない! なぜなら天啓が一人一人に与えられ、全員が強力な兵士だからだ! 隣の者を守れ! 己が身を守れ! それが愛する者を、国を守ることに繋がる! 我々が守るのだ! この地の者たちを! 母国の者たちを! さぁ! 拳を掲げよ! 全軍、配置に付き開戦のときを待て!」
至る所から雄叫びが聞こえる。
そして、0時を回った。
瞬間――腹の底に響くような音が轟いた。
いや、轟き続けている。
丘の上に陣取っているため、奴らの大砲が火を噴く瞬間が映える。
少しして、ひゅ~、と風を切る音と、ドゴォン! と地面が捲れ上がる。強い風が吹き荒れ、設置していた仮設テントが吹き飛ばされた。
「なんだこれは……」
吹きさらしの場になってしまった陣地を見て、茫然と呟く。
ファミリアの連中は、こんなものを開発したのか。
そして、それを奪われたのか。
「クソッ! 影の部隊は何をしてる!?」
開戦と同時に、大砲を無力化する予定だったはずだ。
それがなぜ、撃たれた上に、まだ砲撃が続いているのか。
「だん、ちょ……」
か細い声が聞こえた。消え入りそうで、力弱い。
だが、しっかり耳に届いた。
「ヒルゼン!?」
テントのポールが、ヒルゼンの腹を貫いている。
どくどくと血が流れ、彼女の顔は真っ青だ。
思わず衛生兵を呼ぼうと顔を上げ、周りを見た。死屍累々の惨状が広がっている。作戦本部にいた奴らは漏れなく大なり小なり怪我をしていて、一部には倒れたまま動かない奴までいやがる。
俺が無傷だったのが不思議なほどだった。
なぜだ。なぜ俺だけ。
「団長……あとは、お願いします」
「ドンゴ! おい! 目を閉じるな! すぐに治療系の天啓持ちに来てもらう!」
「もう、俺は助かりません……。でも、団長を守れてよかった。団長がいれば、負けない」
ドンゴ。ずっと俺の周りをウロチョロしていた、ただの一兵卒だ。天啓は特に珍しくもない、身代わりの天啓。任意の相手の怪我や病気を、すべて自身に移すというものだ。
それだけで、すべてを察した。
「俺、団長に拾われて幸せだった。団長の側にいることが、俺の全部だった。ありがとう、団長」
「馬鹿言うな! ドンゴ、てめぇはまだ生きるんだ!」
クソ。
なぜ。
アトラス神よぉ……見守ってんなら、救ってくれよ。
祈りなら、いくらでも捧げてやる。
だから、ドンゴ、ヒルゼン、ほかの奴らも、全員救ってくれよ。
「お前らの仇、俺が討つ。それまで死ぬんじゃねぇぞ」
怒りを身に宿し、俺は天啓を使う。
「だん、ちょう。愛しています。だから……幸せになってください」
ヒルゼンの瞳から、光が消える。
ドンゴを見れば、すでに事切れていた。
周りのほとんどの奴らも、本部の連中は死んでいた。
「はは、アトラス軍、舐めんじゃねぇぞ」
大地を踏みしめ、一息に最前線へ向かう。
丘の上で巨大な爆発があり、ようやく大砲が沈黙した。
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